中国経済は高度成長を遂げているが、諸矛盾が激化し社会的リスクが高まっている。これは理論的混乱が社会的混乱を招いたと言え、胡錦濤・温家宝体制は理論の再構築に乗り出した。それは社会主義市場経済論の市場経済論偏向に是正を加え、社会主義理念重視に調整していこうというものである。
昨年の7月15日、中国社会科学院元副院長劉国光氏が「高校理論戦線」に「経済学の教学と研究での若干の問題」(約1万字)と題する論文を発表し、それがネットに流されて大きな反響を呼び、大論争が展開されることとなった。主要メディアはまだ大きくは取り扱っていないが、その成り行きが注目される。
劉氏は主として次の四つの点を指摘している。
(1)マルクス主義経済学の周辺化。大学の経済学部と管理(経営)学部ではマルクス主義の授業科目「政治経済学」が取り消され、「西方経済学(近代経済学)の原著テキスト」のみが学ばれ、とりわけ新自由主義論(市場万能論)が風靡している。また「大学院の入学試験科目にはマルクス経済学がなく」、「西方経済学思想の影響拡大が、当面の主要な危険である」と訴える。
(2)市場万能論がはびこる中国社会。西方経済学、とりわけ新自由主義論の影響を受けて「幹部の思想にも変化が生じ」、「地方の一部幹部は、国有企業改革問題、公有制か私有制かの問題、また大衆の利益擁護問題などで、共産党の対立面に立っている」「例えば、不動産開発部門ではデベロッパーの利益のみを守り、一般大衆の利益など全く頭にない」と強く批判する。
(3)イデオロギー分野では「反右防“左”」が当面の課題。1992年に鄧小平が南巡講話を発表し「反“左”防右」を提起し、改革開放推進の道を開いた。それが、現在は逆転しているというのだ。「思想理論分野と改革開放の実践の中で、左からの妨害は日ましに弱まっており、当面の突出した傾向性は、ブルジョア自由化の声とその傾向が蘇っていることである」と述べ、「反右防“左”」(右傾化に反対し、左傾化を防ぐ)によってのみ偏向是正ができるとする。
(4)西方経済学者が掌握する指導権を奪取する必要性。劉氏は更に「指導権がカギであり」「大学の校長、院長、学科・研究所主任、校長助理及び中央主要部門・委員会の研究機構指導者」の一部は「非マルクス主義者の手にあり」「しっかりと点検整理して」奪還する必要性があると説く。これは、文革期に「走資派」(資本主義の道を歩む実権派)からの権力奪還を図ったときのことを思い起こす。
(1)(2)はともかく、(3)(4)は余りにも政治色が強く、学術論争の域を逸している。それほど事態が深刻であるのであろうが、やはり穏健な論争で偏向を是正していくことが望ましい。事実、劉国光氏は12月10日「経済観察報」記者との対談ではかなり調子を緩めたし、今年に入って、中央権威紙「光明日報」が編集した「マルクス主義経済学と西方経済学の関係」座談会記録(1月6日)はたいへん穏健なものとなっている。
とは言え、過去10年間、市場経済化のみが強調され、社会主義理念が忘れられたことへの反省に立ち、胡錦濤・温家宝体制がマルクス主義と社会主義理念への回帰を目指していることは間違いない。即ち社会主義論と市場経済論との均衡を図ろうとしているのである。
それは胡錦濤体制発足と共に始まったようで、「マルクス主義理論建設工程」が提起され、胡錦濤自らがその陣頭指揮をとっていると言われる。現在、来年開かれる第17回党大会に向けての理論的準備が急ピッチで行われている。その一環として、昨年12月、中央宣伝部副局長張西明氏を団長とする代表団が訪日し、日本共産党付属社会科学研究所との理論的交流が行われた。(「しんぶん赤旗」12月7、11日号掲載)
また中国社会科学院のマルクス・レーニン主義研究所がマルクス主義研究院に昇格し、研究スタッフは現在の50人余りから数年内に200人に拡大することが決まった。もちろんこれは長期的視点に立ったもので、胡錦濤体制及びそれ以後の方向性を保障しようとするものである。中国社会科学院院長陳奎元氏も、現在は「反右防“左”」という情勢分析に同調していると言われ、中国社会科学院の動向が注目される。
胡錦濤が偏向是正に取り組むのは、当然、国内外の情勢変化に基づくものである。国内的背景としては、経済改革が市場万能論の影響を受け、改革に少なからぬミステイクがあった。とりわけ医療改革(これは基本的に失敗であったと温家宝総理が容認)、教育改革、土地・住宅改革には問題が多く、国内の社会的矛盾を激化させた。国際的要因としては、米国をはじめとして推進してきた新自由主義経済政策が世界的経済矛盾を激化させ、それへの反省が強くなっていることがある。旧ソ連東欧諸国及びラテンアメリカで、市場万能論政策が失敗したこと、とりわけラテンアメリカで左翼政権が次々に誕生したことなどが大きく影響している。
中国経済の健全なる発展のためには、現在取り組んでいる理論的指導理念も含めての偏向是正が不可欠だが、懸念すべき思想的流れがあることも見逃すわけにはいかない。中国には大きく分けて次の四つの思想的流れがある。
一つは計画経済肯定派で、資本主義化推進の改革開放政策は失敗に帰し、基本的に元に戻るべきだという意見である。労働者、農民など弱者の共鳴を得て、最近、意気盛んである。二つ目は体制内社会主義重視派で、市場経済化は正しかったが、社会主義理念を忘れてしまったところに問題があり、両者の正しい関係を打ちたてよと主張する。劉国光氏に代表される。三つ目は体制内市場経済重視派で、市場経済化を更に推進すれば、経済は発展し、不正腐敗も解決され、社会主義が実現すると言う。四つ目は、マルクス主義は根本から間違っており、それを放棄し、新自由主義経済に基づき市場原理を徹底させるべきだと主張する。ここ数年、体制内市場経済重視派が、新自由主義経済に大きく傾斜したところに問題があった。
胡錦濤を首班とする党中央は、体制内二派によって議論が展開され、逐次統一されていくことを望んでいようが、第一の「左翼」からの妨害と第四の「右翼」からの妨害をいかに防いでいくかが重要な課題となる。現在、新興階層とも言われる企業家、不正蓄財の党政官僚、高所得インテリ(大学教授、医者ら)の多くは党員で既得権益化していると見られる。体制内での「右より克服」はかなりの抵抗を受けよう。とりわけ国際的な誤解を生み、国内の右翼勢力と国外の新自由主義支援勢力とが連携した場合、中国の発展と安定は極めて危ういものになる可能性がある。
それゆえ、当局としては、次の点に留意して慎重に偏向を是正することが求められる。
先ず改革開放政策への積極的評価と国際ルールへのリンク妥当の判断を堅持すること。改革に欠点はあったが、基本的に正しく、大きな成果を収めた。対外経済政策も国際ルールにドッキングすることによって、国際競争力が付き大きな進歩を遂げた。今取られている弱者優遇策を着実に実行していけば、改革開放の成果が弱者にも還元されていく。
次に、理論と政策を混同しないこと。理論は原理論と応用理論に別れ、政策は諸理論と現実に基づいて作成される。間違ったとすれば理論そのものではなく、政策が間違ったのである。マルクス経済学にしろ、諸近代経済学にしろ、行政手段によって、どの理論が正しくて、どの理論は正しくないと断を下すのは避けるべきだ。共産党の指導する中国においては、マルクス主義理論が指導的地位を占めることはけだし当然である。しかし権力によって西方経済学を抑えるようなことがあってはならない。マルクス主義理論を如何に魅力あるものにするかが目下の重要課題だ。
第三に市場原理主義への批判と反省は世界的現象となっている。中国の現在の偏向是正もその一環であると位置づけるべきだ。近代経済学の中にはマルクス主義理論の一部を取り入れたものもあり、両者を極端に対立させるのは非科学的だ。現実に基づいた両者の結合を図るべきだ。大きく見れば、マルクス主義経済学もまた西方経済学であることを忘れてはならない。
第四にマルクス主義の指導的地位確立の本意を丁寧に説明すべきだ。国内においても海外においても、「マルクス主義の指導的地位確立」という言葉は、往々にしてかつての絶対的体制を連想させ、悪影響が出る可能性がある。自己批判も含めて、曲解されているマルクス主義の解釈是正と新しい状況下での創造的発展が求められる。
最後に偏向是正が政治改革の環境整備につながることを強調すべきだ。政治改革によって、党の指導性、人民民主、憲法中心の法治この三者結合の政治的仕組みをつくることが党の重要課題とされた。しかし党内の健全なる勢力が弱すぎてすぐには取り組めないのが実態だ。偏向是正によって現体制が強化され、はじめて「専制的社会主義から民主的社会主義への移行」が達成される。
日本及び諸外国は、中国の偏向是正の動きを、前向きの新しい視点で注視することが肝要だ。

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