胡錦濤体制から見た「06年全人代」の位置づけ

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胡錦濤体制から見た場合、今年の全人代はどのような位置づけになるのであろうか。昨年の16期5中全会で示された「第11次五ヵ年企画策定建議」を受けて、かなり胡錦濤色の強いものとなった。胡錦濤政権第一期(2002-07年)は全般的に見てある種の過渡期と言える。それは市場原理主義偏向からの是正とその体制整備という過渡期である。

毛沢東時代は市場否定の計画経済であった。鄧小平は市場原理を評価し、市場経済化の大転換を図った。しかしそれは約20数年という長い年月を費やして徐々に進められた。その際、社会主義理念が疎かにされ、市場原理主義に陥る傾向が強くなった。その結果、経済は発展したが、諸方面での不均衡が顕著となった。今やこの偏向是正が至上命令となり、胡錦濤政権第一期はこの偏向是正体制構築に取り組みはじめたのである。 
 鄧小平の階級闘争論から経済建設中心への転換は革命的転換であった。第11期三中全会の決定は正に鄧小平の強力なリーダーシップによる革命的手法によるものであった。反対勢力をかなり強引な方法で押さえつけた。当時、国内外の多くの論者は、かくもドラスティックな転換が果たして可能かどうか疑念を抱いたほどだ。ところが、結果的に見ると、鄧小平は早急に指導体制を確立し、新路線推進に邁進した。総じて、それは大きな成功を収めたと言える。
 胡錦濤の市場原理主義偏向是正は政治的改革も含まれ漸進的転換である。胡錦濤は鄧小平のようなカリスマ性がないし、また時代的特徴から言って民主的方法を取らざるを得ない。そのため、時には反復も避けられない。国内外の有識者は胡錦濤体制への期待値が高いため、後退現象には極めて厳しい目を向ける。しかし、実際には改革深化と偏向是正を着実に推し進め、明らかに成果を上げている。それは5年、10年のスパンで見て、初めて目に見える形となる。
 胡錦濤政権第一期の過渡期は大体次の三段階に分けることができ、今回の全人代は第二段階から第三段階に入る転換点と位置づけることができよう。
(1)過渡期前期(02年11月第16回党大会で総書記就任から04年9月の4中全会まで):この期間は江沢民が軍事委員会主席の地位にあり、胡錦濤は完全には実権を掌握していなかった。とは言え、憲法遵守の政治改革志向、三つの接近政策(実際、大衆、生活に接近)、全面的均衡的持続的発展、平和台頭論などを提起し、胡錦濤カラーを出していった。しかしさまざまな抵抗に遭って、政治改革などではある種の後退を余儀なくされた。
(2)過渡期中期(04年4中全会で軍事委員会主席就任から06年3月の全人代まで):胡錦濤は党政軍の三権を掌握したが、それは形だけで、真に掌握するには漸進的プロセスを必要とした。この間、党の執政能力強化、民を以って本となす、科学的発展観、和諧社会、和諧世界など一連のコンセプトを提起し、胡錦濤カラーを一層強め、胡耀邦の名誉回復も行って自らの指導体制を確立していった。そのプロセスでは一定の抵抗があり、決して生易しいものではなかった。
 (3)過渡期後期(06年全人代から来年秋の第17回大会まで):胡錦濤が名実共に実権を掌握し、第17回党大会の成功を期して積極的に準備をする時期である。今後、理論的偏向の是正、人事面での制度遵守、科学的発展観と和諧社会論の貫徹等により、ますます胡錦濤色を強めていこう。それは胡耀邦精神の復活という方向で進められる可能性が高い。
 ここ3年半の胡錦濤政治手法をみると、胡錦濤式民主集中制とも言うべき民主的集団指導体制が確立されつつある。それは次のような特徴を有する。
1、無理をしない。常務委員会でよく各委員の意見を聞き、意見が大体一致している場合は、自分の意見を述べて決定する。意見が大きく分かれる場合、決定しないで更に検討を重ねる。一旦決めたことも、反対意見が強ければ、自分のメンズに囚われず一時引っ込める。例えば平和台頭論を平和発展論に変えた。このため一部には優柔果断と謗る声も聞くが、サーズ問題のときのように、真に緊急事態となればたいへん決断力に富む。
 2、積極的な条件作り。「無理をしない」ということは決して難題回避ではなく、条件が整うのを待つ、或いは積極的に条件を作っていくという姿勢をとる。とりわけ、専門家の意見を聞くという方式で世論作りに努める。例えば不正腐敗はなかなか収まらないが、具体的条例を作って大衆世論を盛り上げ徐々に不正腐敗分子を包囲していく、或いは会計検査の公開化を通して汚職分子を摘発していく。
 3、バランス重視。五つの統一的配慮、和諧社会の構築などに見られるように、バランスを保つことに注意を払う。それは儒教の中庸の精神にも合致する。またそれは「対立の統一」という弁証法の「統一」「調和」を重視するものである。毛沢東の「対立」重視とは完全に異なるし、鄧小平も引き継いでいる「左」か「右」かという提起の仕方とも違う。これは指導部内部での「分派的活動」への対応にも現れており、たいへん大らかである。また外交政策では国際協調が重視され、とりわけ相互協力、ウィンウィン、共同開発などが強調される。
 日本や欧米諸国ではポスト胡錦濤になると中国は一大混乱が生じるという見解をよく耳にする。理由としては経済成長率低下による社会矛盾の激化、指導部と社会風潮の社会主義離れなどが挙げられる。これは故なしとしない。胡錦濤・温家宝体制第二期目の重要性は正にここにある。とすると、これから一年半の過渡期後期は第二期目の成否を占うものとなる。

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このページは、凌星光が2006年3月30日 23:41に書いたブログ記事です。

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