本来、ポスト小泉は誰なのかまだ分からないというべきだが、安部晋三政権の誕生が殆ど確実視されている。国交正常化以来、最悪状態にあるという日中関係が、小泉純一郎首相8月15日の靖国参拝によって、更に冷や水を浴びせられた。安倍氏は東京裁判否定論者で、靖国参拝問題では小泉首相よりも厳しい姿勢をとる本質性がある。したがって、短期的には日中関係の根本的改善を見るのは難しかろう。しかし、日中双方とも一定の譲歩を行って、妥協点を見出す努力はなされるはずだ。外交分野での角逐に理性的に対応し、関係全体が更に悪化することは避けなくてはならない。
一 転換期にある日本の対中姿勢
現在日本の対中姿勢は大きな転換期にある。それを歴史的に見ると、第三段階を迎ええていると言える。第一段階は1949年から国交正常化の1972年までで、国家的対決と友好運動併存の時代である。国家政府間では敵対関係にあったが、民間レベルではかなり活発な友好運動が展開された。そして国交正常化直前には、すべての政党とすべての階層の人々が、さまざまな動機と目的から日中友好活動を展開し、中国流に言えば「民で以って官を促す」努力が功を奏した。
第二段階は国交正常化から前世紀末までで日中友好時代である。1972年の共同声明と1979年の平和友好条約に基づいて、政府レベルと民間レベルの両方で友好関係が促進された。とりわけ1980年代には、日本が鄧小平によって実施された改革開放政策を支援し、日中蜜月時代が出現した。歴史認識問題などが時には起こったが、両国政府は大局的見地に立って善処することが出来た。
第三段階は今世紀に入って始まった競合協力の時代である。日本では1990年代の中頃から脱友好時代の流れが出てきた。しかし中国はそれに反対し、友好協力関係を新しい状況に即してより発展させる方向を指し示した。それが1998年江沢民訪日で発表された共同宣言となって実を結んだが、殆ど実行されることなく、両国の溝はますます深まっていった。森政権と小泉政権の連続によって、共同宣言はますます形骸化していく危険性が出てきた。
小泉首相は、自分は日中友好論者だと言っていたし、事実、「中国の発展は日本にとって脅威ではない」など、日中関係の発展に有益な言動も多々あった。しかしA級戦犯を祭った靖国神社に参拝するという最も中国国民の感情を傷つける行動を頑なに堅持したため、日中関係は悪循環に陥り、競合の時代に入る条件を作る結果となった。安倍氏は日中友好を口にすることはなく、日本が「主導権をとる外交」推進を強調しているが、その矛先は主として中国に向けられていると思われる。それ故、安倍政権の下では、日中競合の色合いをますます濃くするであろう。しかし日中双方とも経済や文化面では協力関係強化を目指しており、競合が抗争に発展することはないと思われる。即ち、友好協力時代から競合協力時代への移行である。
二 中国対日政策の点検
過去10年間、中国の対日政策には多くの欠陥があったと思われる。まず時代の変化への認識不足がある。10年前に小沢一郎氏が「普通の国」論を提起したが、その背景と真意をよく分析し、対日政策の調整を進めるべきであった。例えば戦争を知らない世代と政治家が絶対的多数を占める新時代において、日本の対中侵略15年と戦後日本の平和的発展50―60年とをどう関係付けるかをもっと真剣に検討すべきであった。また、軍国主義復活論が出版界で後を絶たないが、これも現実から乖離した日本観であった。
次に歴史認識問題では二つの偏向があった。一つの偏向は日本の独りよがりの論調への説得闘争を十分に展開しなかったことである。日本では戦後ずっと、周辺諸国が受け入れ難い論調が展開されてきた。しかしそれは主流にはならなかったため、それへの反論がおろそかにされてきた。その結果、影響力が次第に拡大し、今では主流になるところにまで発展してしまった。もう一つの偏向は対中強硬論者の挑発に乗ってしまい、冷静さを欠く反応を示すことが多々あったことである。例えば中国首脳が直接、靖国参拝中止の要求を言い出すことは、対中強硬論者に内政干渉論の口実を与えることとなった。
第三に、日本の世論への配慮が欠如する場合が多かった。専ら自国の主張の正しさを前面に出し、それの日本世論に与える影響は余り考慮されない傾向があった。例えば2002年お瀋陽領事館事件や2005年の「反日デモ」などでは、自国側に存在していた欠点を少しでも認めていたら、日本の対中強硬世論をかなり和らげることができたであろう。中国の政治改革はまだ軌道に乗っておらず、権力者の権限が大変大きい。そのため、外交活動においても実力者志向が強く、もっぱら日本の有力政治家への働きかけを重視し、世論の動向への対応策は極めて弱かった。この点、日本の世論の掌握に心を使う米国のやり方に学ぶべきであろう。
今年に入ってからの対日外交は極めて冷静且つ理性的となった。今までの日本への対応を点検し、それ相応の反省をしているように思われる。
三 中国外交政策への三層視点
ここで中国の外交政策をどういう視点で見るべきか私見を述べてみたい。中国は人口大国で戦略論が好きである。但しそれぞれの論者によって戦略的視点が異なる。大きく分けてグローバル戦略、国家戦略、外交戦略など三つの次元に分かれる。
グローバル戦略とは世界の仕組みはどうあるべきかという100年単位の長期目標を考える。それは大同世界論と相通ずるし、「自由の王国」を目指す共産主義論と相通ずる。理念的にはブッシュ大統領の目指す「自由と民主」の世界化とも相通ずる。中国が1980年代半ばに提起した「新世界政治経済秩序論」や昨年9月に胡錦濤国家主席が提起した「世界和諧論」は何れも国家の次元を超越した高次元から問題提起をしている。
国家戦略とは現在の国際法に基づいた国際政治における国際戦略である。即ち1648年のウエストフェリア条約で定められた国家主権、領土、国民の概念を基本とした国家理念である。パワーポリティクス論や国家主義論は正にこの次元の典型的理論である。国家利益の追求が強調され、相手国の利益や事情は省みない。その最たるものは帝国主義時代であった。最近では、国家間の相互依存関係が深まっているため、自国の利益を考える場合に相手国の利益も考えざるを得なくなっている。そのため、前世紀と比べると、国際協調がより重要視されるようになった。
外交戦略とは現実的外交政策の長期的視点であって、原則論と柔軟性の結合が常に重要課題となる。現実の国際政治は波乱含みで、グローバル戦略と国家戦略を踏まえて、現実の変化に対応した弾力的外交の展開が求められる。その場合、国の外交原則がくるくる変わっては国際的信用を失ってしまう。逆に状況の変化に対応できずに旧来の原則論を繰り返すだけでは硬直化外交になってしまう。
この三次元視点で日中関係を考えてみると、冷戦構造下ではイデオロギーの対決と米ソ二大超大国の抗争という中で、第一次元が突出し、日本にとって第二次元と第三次元の戦略は重要な地位を占めていなかった。「日本は戦略なき外交」とよく言われるが、それは当時の客観的情勢によって定められたと言っても過言ではない。他方、中国は人口大国で自主性を保持していたため、独自の国家戦略と外交戦略を展開することができた。但し、やはり第一次元の要素、つまりイデオロギー要素の制約を多分に受けていた。即ち、日中両国とも第二次元のナショナリズムは余り強くなかったということである。
ところが冷戦構造が崩れると、第一次元論は著しく後退し、第二次元論が急膨張するようになった。これは世界的現象で、中国でも日本でも同じである。中国では国際主義が言われなくなり、日本では平和憲法は理想的過ぎると排斥する風潮が強まる。靖国参拝問題に代表される日中関係の悪化には、ナショナリズムの衝突という思想的背景があるのである。
四 日中関係の展望
前述した如く、今年に入って胡錦濤外交が極めて落ち着いた成熟外交を展開するようになった。第二次元突出の外交から三次元結合型外交に転換しつつあると言えよう。そういう意味で、中国側の外交ミスによる日中関係悪化はかなり弱まっていくであろう。問題は安倍政権が誕生した場合、第二次元の国家主義がますます突出し、第一次元でのグローバル戦略不在と第三次元での現実乖離外交の展開が懸念される。しかしこのような外交は時代の流れに逆行するものであり、長続きはしないであろう。そこで日中関係の行方を短期、中期、長期に分けて展望して見よう。
まず、短期的には外交戦の展開が予想される。すでに日本の国連常任理事国入り問題、東アジアサミット会議、北朝鮮ミサイル発射への制裁論議などで日中間の角逐が展開された。中国は今まで友好協力関係への回帰を期待し、かなり抑制的に対応し、いつも受身の姿勢に立たされた。今後は、日中関係は友好協力関係から競合協力関係にシフトしたと認識し、より主導的な対抗措置を展開してくる可能性が高い。しかしこのような角逐は日中双方にとってマイナスであり、一定の段階で歯止めがかかり、理性的な競合関係で収まると期待したい。
次に、中期的には相互利益接点の模索が行われよう。ウインウインの関係ではない、両方が傷つく競合の段階を経て、日本の心理調整(アジア第一という優越意識からアジアの一員という平等意識への転換)が行われ、中国との共存共栄意識が強まり、理性的論調が主流となっていく。また中国においては、被害者意識からの脱皮と国際的責任感への自覚が進んでいく。その結果、日中間の「普通の国家関係」、すなわち新友好協力関係が模索されていく。
第三に、長期的には日中間の戦略的提携関係が構築されていく。高度経済成長と人民元レート上昇による中国経済力の急膨張、米国単独行動主義の破綻、相対的安定を保つ米中関係、ASEANの指導性尊重の中国対アジア外交などから見て、安倍外交論に見られる中国包囲外交志向は余りにも非現実的で、久しからずして行き詰るであろう。そして日中間の戦略的協調関係構築の機運が高まり、多くの米国有識者も賛同している米中日戦略対話関係が形成されていこう。
今後の日中関係を考える上で重要なことは、短期的角逐に対して、日中双方が中長期的展望を持って節度ある理性的対応をすることである。
2006年8月24日

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