10月9日、北朝鮮は核実験を行って世界に衝撃を与えた。なかでも、これまで多くの経済援助を提供し、改革開放への転換を北朝鮮に促してきた中国にとっては、極めて大きなショックであった。
10月14日、経済制裁をも含む国連安保理決議1718号が全会一致で採択された。中国はそれに基づいて、一連の経済制裁措置をとり、北朝鮮に圧力を加えると同時に、米国と北朝鮮に対して積極的な外交攻勢を展開下した。その甲斐あって、同31日、北朝鮮が六カ国協議復帰を表明した。これによって状況は若干緩和されたかのように見えるが、北朝鮮問題の根本的解決にはまだ程遠い。米中日韓ロ五カ国が一致して北朝鮮を非難した今回の共同歩調を生かして、北朝鮮問題の抜本的解決に取り組む時に来ている。
一 朝鮮半島の戦略的図式の変化
北朝鮮の金正日体制は、21世紀世界と相容れない異質のものであり、これに対して改革を迫るかあるいは体制変革を図るかの二者択一に迫られている。それは国際政治が新しい展開を見せ、朝鮮半島をめぐる情勢も大きく変わったことと密接な関係がある。今や北東アジアは全く新しい時代に入ろうとしており、戦略的図式は大きく変わりつつある。それを歴史的視点で分析し、当面の特徴を描いてみたい。
1950年代は、社会主義陣営と資本主義陣営が相対立し、ソ中朝対米日韓の図式が続いた。1960-70年代は、中ソ対立によって社会主義陣営は分裂し、中+朝+ソ対米日韓の図式に代わり、北朝鮮は中ソ矛盾を利用して、中ソ両国から巧みに援助を引き出した。
1980年代に入ると、中ソ関係が改善の兆しを見せ、同時に韓国は社会主義国に対して積極的な外交を展開する北方政策をとるようになる。そして80年代後半には(中+ソ)+朝対米日+韓という図式が形成された。これにより北朝鮮が中ソ矛盾を利用して両方から援助を引き出すことは難しくなった。しかしながら中国は、その地政学的重要性から北朝鮮に援助をし続けてきたのである。
1990年代初頭にソ連が崩壊してからは、ロシアの政治経済はたいへん困難な状態に陥り、北朝鮮への影響力は皆無となった。その結果、1990年代には中+朝対米日+韓の図式が形成された。この間、韓国は米日と一定の距離を置き、太陽政策をとって北朝鮮と中国への関係を深めていった。
今世紀に入ると、ロシアのプーチン政権は北朝鮮を重視し始め、影響力を及ぼしはじめた。他方、南北朝鮮関係はますます深まっていき、中ロ+朝+韓対米日の図式が形成されることになった。それが北朝鮮の今回の核実験によって、中ロ+米日+韓対朝の図式がにわかに形成された。ここで最も重要な役割を果たしたのは中国の変化だ。この中国の変化が、今後、どのような展開を見せるかが極めて重要である。
二 北朝鮮三つのシナリオ
中国の今後の姿勢を計る上で重要なことは、今まで北朝鮮の金正日独裁体制から労働党集団指導体制への可能性をタブー視していたことに変化が起こるかどうかである。ここで北朝鮮の行方についての三つのシナリオを提示し分析してみたい。
第一のシナリオは金正日体制下における改革開放政策への転換である。もし北朝鮮が真に社会主義を堅持するのであれば、現在の国際情勢の下で転換を図ることは、中国やベトナムよりも容易なはずである。問題は専制的社会主義から世襲独裁体制に変質してしまい、改革開放政策を推進すると、金正日体制は危機に瀕するという難題に直面する。
この懸念を更に強めるのが、米国タカ派によって盛んに唱えられる北朝鮮崩壊論である。今年1月、金正日は大型代表団を引率して中国広東省などを視察した。北朝鮮には改革推進勢力があり、金正日にもその志向があるようだ。したがって、このシナリオの可能性を完全に否定することは出来ない。
第二のシナリオは、金正日は退き、労働党体制は維持される場合である。それは往々にして「宮廷クーデター」方式をとる。専制的社会主義国であった中国とソ連において、四人組みの粉砕、フルシチョフの失脚など、その例を見ることができる。
北朝鮮では異端者は徹底的に弾圧されているため、そのような政変を起こすリーダーはいないとよく言われがちだが、そうとは限らないであろう。現在のような異常な状況の下で、面従腹背者が少なからずいるのではないか。
とりわけ重視すべきは、北朝鮮の高級幹部を含む多くの幹部が中国の成果と韓国の成果を知っていることだ。現在、「核実験を成功させた」、「世界的地位が高まった」と宣伝しているが、その代価が如何に大きいかを知った時、理性的思考力の持ち主がリーダーとして現れるであろう。また国際的世論をバックとして、より平和的に転換を図ることも考えられる。
第三のシナリオは、権力不在の無政府状態に陥ることである。長年にわたる食糧難と軍事偏重による経済難によって、北朝鮮国民はどん底状態にある。30万人にも達すると言われる中国への脱北者は正にその困窮振りを表している。四方八方で騒動が起きていて、皆弾圧されているとも伝えられる。
もし現在のような困難が続いた場合、内部から崩壊が起きる可能性も少なくない。若しいま外部から武力行使が為された場合、米国のイラクへの侵攻のように、国内の秩序が一挙に崩れ、無政府状態に陥るであろう。
いずれにしても、金正日体制崩壊と共に労働党体制も崩壊するならば、北朝鮮は一大混乱に陥り、大量の難民が中国や韓国に流れる。これは中韓両国共に絶対に避けなければならないところだ。
三 追求、準備、防止の指針
この三つのシナリオについては、現在に至るまで国際社会ははっきりした共通戦略をもっていなかった。それゆえ北朝鮮に核実験を強行するスキを与えてしまった。そこで、国際的共同歩調をとるためには、この三つのシナリオへの対応について、国際的コンセンサスを得る必要がある。
第一のシナリオは最も望ましく、引き続き追求すべきである。金正日は確かに現在の国際情勢を見る目がなく、いまだに周辺諸国の矛盾を利用して、肥大妄想狂とも言うべき瀬戸際外交を展開している。と同時に前述の如く、一群の開明派を起用して改革開放政策をとろうとする一面もある。だが、米日の対北朝鮮政策が体制崩壊に重点が置かれているため、軍部を中心とする先軍派に優先順位をつけざるを得なくなっている。
2005年9月、六カ国は共同声明を採択したが、それと同時に、米国は金融制裁措置を取った。それは北朝鮮の開明派に打撃を与え、先軍派を勇気付けるものとなった。拉致問題を巡る日本の対北朝鮮強硬姿勢も同じ効果をもたらしている。中国と韓国はこういうやり方には反対であり、それが米日対中韓の矛盾として現れ、結果として金正日に利用されることとなった。国際社会は例え5%の可能性であっても、第一のシナリオを追求すべきである。
次に、第二のシナリオを積極的に準備すべきである。金正日体制は世界でも稀に見る世襲独裁体制で、国民を長年、飢餓のどん底に置きながらも、膨大な予算を使って核開発を進める暴挙を為しうる。しかも外国の人道的支援を得ながら、国際社会を欺いて核開発を進めていく体制である。21世紀世界において、このような政権が存続しうるはずがない。
第一のシナリオが崩れた場合の受け皿として、米中日韓ロ五カ国は一致して第二のシナリオを視野に入れるべきである。それはまた金正日体制が第一のシナリオに進まざるを得なくする効果をもたらすであろう。
最後に、第三のシナリオは絶対に防止しなくてはならない。米日は北朝鮮と陸続きでないため、第三のシナリオへの「不安」が余りない。そのため中国や韓国から見ると無責任な論調が多く見られる。国際的共同歩調をとるためには、米日の中韓への理解が不可欠である。
他方、中韓は金正日の脅しに過度に反応すべきでない。五カ国のコンセンサスが得られ、第二シナリオの準備をしておけば、第三のシナリオは可能性が極めて小さいからである。例え混乱に陥ったとしても小規模に止めることができよう。
いずれにしても「暴発」は金正日にとって自殺行為であるし、例えその暴挙に出たとしても、それに従わない人民軍も多々出てこよう。もちろん、万一に備えて、国際協力による難民対策は整えておく必要がある。国際的に第二のシナリオを準備していることに対し、金正日体制が過度の反応を示すことが絶無とは言えないからである。
四 五カ国会議開催のシグナル発信
北朝鮮問題がなかなか解決を見ない原因は、国際社会が二つに割れているためである。つまり米日は第三のシナリオに偏り、中韓は第一のシナリオに偏っているからである。今回の北朝鮮核実験によって、国際協調の重要さと第二のシナリオ準備の必要性が認識されたはずだ。では、第二のシナリオ準備はどのように進めたらよいであろうか。
第一に、南アフリカ精神に学ぶことである。南アフリカでは数百年もの間黒人への白人支配が続き、アパルトヘイト(人種隔離)政策が国際問題化した。1984年から89年に亘りアパルトヘイトを推進したピーク・ボタ元大統領が去る10月31日に死去したが、ボタ政権時代は南アの治安部隊が黒人の反政府勢力を捕まえて2000人以上殺害し、2万5000人を拘束、拷問したと推測されている。後任のデクラーク大統領がアパルトヘイトを廃止、黒人指導者マンデラ氏の解放などを進めた。
南アフリカは歴史への反省に立って、未来志向で人種差別問題を円満に解決し、今日の「和諧社会」を築き上げている。北朝鮮においても金正日に生きる道を与えるべきだし、すべての幹部に免責・再生の機会を与えるべきだ。これによって、ポスト金正日体制確立への抵抗勢力は弱められる。イラクの二の舞は絶対に避けるべきだ。
第二に六カ国の有識者からなる国際シンポジウムを開催し、国際世論を喚起する。当面、政府は前面に立ちにくい。何故なら、現在の国際政治秩序は国家主権の尊重が原則となっており、国家としては内政干渉がましいことは避けたほうがよいからである。
そこで選択肢として考えられるのは、六カ国の有識者からなる国際会議で、国際的視野に立ったポスト金正日の枠組み作りについて論議を交わすことだ。この場合、北朝鮮から有識者が来ることは考えられないし、中国の有識者も当面は遠慮がちにならざるを得ないであろうから、実際の参加者は海外在住の北朝鮮系有識者及び中国系有識者となろう。
第三に国際的市民運動を展開することだ。今回の核実験は核拡散を飛躍的に促す可能性があり、国際社会にとって正に危機的様相を呈するものだ。核の廃絶も含めて国際的市民運動を展開し、ポスト金正日体制の準備に対して、国際的世論の支持が得られるようにすることは重要な手法である。
ここで注意しなくてはならないのは、これはあくまでも北朝鮮国民の利益と幸せに基づいたものであり、同時に北東アジアの平和と安定への寄与を目的としたもので、個別の国の利益または組織の利益を図るものであってはならないことだ。
第四は五カ国会議開催に向けて努力することだ。国際社会は六カ国会議で共同歩調を取ると同時に、北朝鮮が理不尽な対応に出た場合は、五カ国会議開催の姿勢も示すべきである。
その予備段階としては、それぞれが二国間の交渉を強化すると同時に、重層的三カ国対話、例えば米日中、米日韓、中朝ロ、中韓朝、中ロ韓、日中韓などの対話を展開したらよい。北朝鮮には常に門戸を開放しておくけれども、「国際社会の声に耳を貸さない場合は、ポスト金正日体制への準備は整っていますよ」というシグナルを発することが肝要なのである。
五 北東アジア安全保障体制の枠組み構築
現在の北朝鮮を巡る国際協調をより着実なものにするには、六カ国協議を北東アジア安全保障体制構築に発展させる明確な目標を共有することが望ましい。ポスト金正日の体制作りもまたこの目標と合致するものでなくてはならない。そのためには、各国が自国に存在する問題点を認識し、より国際協調的政策をとる必要がある。
先ず米国は単独行動主義を改める必要がある。最近、中東での対イラク政策が行き詰まり、米国の対外戦略は調整過程にある。
思うに、米国の超大国としての地位は、今後も相当期間維持され、世界秩序の維持のためにもその役割が期待される。しかし、世界は多様性に富み、米国の言いなりにはならない。賢明策は直接関与から間接関与に転換することである。対北東アジアについては、直接、利害関係のある周辺諸国の叡智に任せ、米国は大所高所に立って、戦略的方向性を確保するようにしたらよい。
ここ一年来、米中戦略対話が進み、相互理解が深まっている。戦略調整が進展するにつれて、米国の冷戦思考残滓は徐々に克服されつつある。これを一層推進し、米中関係の安定化を図ることが、北朝鮮問題の抜本的解決を図る上で不可欠である。
次に中国は米日への過度の警戒心を克服すべきだ。戦後一貫して、中国は北朝鮮の緩衡地帯としての戦略的価値を重視してきた。ここ数年、韓国が自主性を強めてきたため、このような懸念は大分小さくなったが、米国への警戒心は依然として根深いものがある。
米国の対中けん制は今後も続くゆえ、完全に信頼を寄せることはとうぶん望めないであろうが、米国は民主主義国で多種多様の意見が飛び交う自由があり、絶えず偏向調整が行われる。米国の対中けん制への理性的対応が肝要である。
日本の右傾化現象も、過去の軍国主義復活に繋がることはない。胡錦濤国家主席が靖国不参拝の言質を取らないまま安倍晋三首相とのトップ会談に応じたのも、正にこのような客観的分析評価によるものであろう。胡錦濤外交の一層の推進が望まれる。
第三に韓国は狭隘なナショナリズムに陥らないことである。現在、韓国には国際性と民族性の両面があって、その国際性が韓国の経済発展と共に世界的地位を高めた。しかし時にはナショナリズムが高鳴る。歴史的に中国と日本の圧迫を受けたという民族的悲運があるからで、同情と理解を寄せるに値する。
しかし、21世紀において韓国が歴史的役割を担うには、これを超克し国際性をより一層伸ばすことである。韓国はバランサーとしての役割を目指しているが、それには国際性重視が不可欠だ。また韓国は同一民族として北朝鮮の近代化を支援する任務を担う。それは国際協調の中で進めて、はじめて成果を上げることができるのである。
第四に日本には自己中心主義の克服が求められる。第一のシナリオの場合、拉致問題の真相究明はかなりの困難を伴う。第二のシナリオとなればそれが容易となるが、そこまでもっていくには国際協調が不可欠で、日本の拉致問題への対応がより理性的であることが望ましい。
また歴史認識問題で突出したことだが、日本は周辺国諸国への配慮が足らず、極めて自己中心主義的である。戦後、日本は過去の歴史への反省から国際主義的になり、戦後の繁栄を築くことができた。
しかし、最近、過去に対する反省への反省が強くなり、国全体がナショナリスティックになっているように思える。この点においては冷静さを失わず、日本のもつ優位性を十分に発揮し、国際的視点に立って国益を追求することが大切である。
結び
国際問題は往々にして、国内問題とその内政的思惑に影響され、国際協調が阻害されることが多々ある。北朝鮮問題も例外ではない。抜本的解決を図るには、あくまでも関連諸国が大局的見地に立って、自国のナショナリズムを抑制し、国際協調への志向を強める必要がある。
北朝鮮が六カ国協議に戻ると意思表示した今こそ、国際協調の戦略的目標を話し合うチャンスだ。政府間の対話を強化すると同時に、市民レベルの国際協調運動を展開してそれを支えることが求められる。
そのカギとなるのは、「金正日には引退してもらうが、労働党体制は維持される」という選択肢を明示し、この方向に国際的コンセンサスを形成していくことである。
2006年11月5日

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