中国政府は2006年12月29日に第五回国防白書を発表した。前回2004年の国防白書は、胡錦濤が軍事委員会主席になって間もなく発表され、胡錦濤色はまだ十分出されていなかった。今回の国防白書は字数こそ2.6万字と前回の3万字より少ないが、内容は極めて豊富で、胡錦濤色の強いものである。
一 国防白書の流れ
中国は伝統的に軍事問題では秘密主義をとってきた。それが国際的な不信感を呼び、1990年代に入って、中国脅威論が語られるようになった。そのような懸念を払拭するために、1995年、「中国の軍備制御と軍縮」白書がはじめて発表された。これは秘密主義から脱皮することを意味し、重要な意義があった。
それに続いて、1998年、国務院新聞弁公室から最初の「国防白書」が発表された。「新安全観」が提起され、冷戦思考からの脱皮が謳われた。それ以来、二年毎に国防白書が発表されるようになった。
2000年に第二回「国防白書」が出されたが、それには新安全観の核心は「相互信頼、相互利益、平等、協力」であるとされた。2002年の第三回「国防白書」は国際的軍事協力に積極的に参加することが強調された。2004年の第四回「国防白書」は「発展戦略と安全戦略の結合」が提起されと同時に、中国的特色のある軍事変革が語られた。前者は胡錦濤の意志が反映されたものと思われる。
今回第五回の2006年「国防白書」は「科学的発展観」、「平和発展論」、「和諧世界論」が指導理念として強調されている。例えば「平和、発展、協力の旗を掲げ、平和発展の道を歩むことを堅持し、世界各国と共に、恒久平和と共同繁栄の和諧世界を構築するよう努力する」と謳っている。また「中国の国防は国家発展戦略と安全戦略に服従・奉仕する」とし、安全戦略だけでなく、経済社会発展戦略への服従・奉仕が強調されている。そして「中国は経済の絶え間なき発展を踏まえて、国防と軍隊の現代化を推進する」が、それは防御的なものであり、「如何なる国とも軍拡競争はしないし、軍事的脅威にはならない」と宣言している。
二 国際情勢分析
国際情勢分析部分を2004年国防白書のそれと比べると、かなりの変化が見られる。
まず世界情勢全般については、次のような言い回しの変化が見られる。
(1)国際安全情勢の総体的安定の基本的態勢は「維持されている」から「より一層の発展を見ている」に変化。(米国の単独行動主義失敗で、国際的安全情勢はよくなったと見る。)
(2)世界軍事力バランスは「より一層不均衡に」が「国際的戦略パワーバランスの重大な不均衡局面から改善を見る可能性が出てきた」に変わった。(「一超多強」の不均衡状態が、ロシアの復活、インド・中国の勃興、ラテンアメリカの左傾化などにより、米国絶対優位の状況に変化が生じ、パワー・バランス回復の可能性が出てきたと見る。)
(3)世界の多極化は「紆余曲折の中で深い発展を見ている」から「世界の局面は多極化に移行する重要な時期にある」に変わった。(ソ連崩壊後、中国は多極化が全体的趨勢と見てきたが、その過渡期において米国が突出した「一超多強」時代が一時的に出現した。それに変化が生じ、多極化の趨勢に有利な状況が出たと見る。)
(4)「公正で合理的な国際政治経済秩序はまだ確立されていない。覇権主義と単独行動主義の傾向は新たな発展を見ている」から「伝統的安全分野での対話が絶え間なく増え、非伝統的安全分野の協力は深い発展を見ている。――各国は国際協調と多国間メカニズムで発展と安全の問題を解決することを重視している。――世界大戦と大国間の全面的対決はかなり長期にわたって避け得る」に変わった。(世界大戦長期回避可能論は1980年代の鄧小平時代によく言われた言葉である。それが復活した。他方、米国の状況変化を念頭に入れ、覇権主義、単独行動主義などの言葉を控えている。)
(5)「国連は国際的事務において、他に替え得ない役割を果たしている」から「国連の国際的事務の中での地位と役割は維持され強化された」と国連への評価が高くなった。(米国、日本では国連軽視の傾向が強いのに対し、中国は一貫して国連重視の姿勢をとってきたが、それに有利な状況が出たと見る。)
しかし、「世界の新軍事変革はより深い発展を見せており、情報化を主要な特徴とする軍事競争は激しくなっており、軍事力バランスの不均衡局面に明らかな変化は見られていない」とし、米国の一極優位の基本的状態が変わっていないことを指摘している。また「一部先進国の軍事投入の拡大、ハイレベル新兵器装備の開発加速化」が進んでおり、また「一部の国が軍事同盟を強化し、国際事務の中で武力を使用したり、武力で威嚇したりするやり方が新たな発展を見ていて、これは国際情勢の改善にマイナスである」と警戒を示している。これはTMDの開発や日米軍事同盟の強化などを指していよう。
次に、アジア太平洋地域の安全情勢については「基本的安定を維持しており」「多国間安全対話と協力は徐徐に深化している」とし、とりわけ上海協力機構を高く評価し「実務的発展の新段階に入り、新型国家関係モデルの創出に貢献している」と大いに称えている。
しかし同時に、「アジア太平洋地域の安全の中での複雑な要素も引き続き増加している」とし、「戦略的パワーと大国間関係が新たな調整を始めている」(米日のインドを巻き込み中国をけん制しようとする動きなどを指していよう)「米国が軍事配置再編を加速化し、アジア太平洋地域の軍事能力を強化している」「日米軍事同盟を強化し、軍事的一体化を推進している」「日本は平和憲法の改正と集団自衛権の行使を求めており、軍事の外向化トレンドは明らかとなっている」と米日への警戒心を弱めていない。同時に「朝鮮のミサイル発射と核実験の実施は、朝鮮半島と北東アジア情勢は一層厳しいものとなった」と北朝鮮への不満も示している。
今の状況下では、中国の二つの5対1バランス(米中日韓ロ対北朝鮮と中朝韓ロ対米国)は基本的には変わらないであろうが、米国の政策調整によって、また北朝鮮の「背信行為」によって、前者の対北朝鮮圧力強化に傾斜する可能性が出てきた。但しその度合いは、米日の対中国戦略の如何に関わっていよう。)
第三に 中国の安全環境については「総体的に有利である」とし、その理由として、中国国内の経済発展、総合国力の増強、国際的地位の向上、大国との協力関係の発展、周辺諸国との善隣友好関係の発展、発展途上国との交流の全面的発展などを挙げている。また台湾問題については「中国政府が一連の台湾海峡両岸関係の改善と発展の重要措置を取ることによって、両岸関係情勢を平和と安定の方向に発展させてきた」と述べ、台湾独立阻止を強調した2004年国防白書との違いが目立つ。
もっとも、「中国の安全は軽視できない挑戦にも直面している」とし、「米国が引き続き台湾に先進的軍事的装備を売りつけ、台湾との軍事的連携と往来を強化している」と警戒心を示し、台湾独立勢力との闘争は「複雑且つ厳しい」としている。
2004年国防白書では、「(1)台湾独立勢力の悪性的発展、(2)新軍事変革(トランスフォーメーション)によって引き起こされた軍事技術格差、(3)経済のグローバル化によってもたらされるリスクと挑戦、(4)長期にわたって存在する一極と多極の矛盾が、中国の安全に重大な影響を及ぼす」と書かれていた。2006年白書はそういった文言がなく、全体として余裕と自信の程が感じられる。これは主として米国単独行動主義失敗に見られる世界情勢の変化、米中関係と日中関係の改善などによるものだが、胡錦濤政権の和諧世界国防戦略の影響も受けていよう。
三 軍事力の強化目標
今回の白書に三段階の軍事力発展戦略目標が提示された。これは初めてであり、実に注目すべきことだ。その下りは「国家の総体規画に基き、中国国防と軍隊現代化は三段階発展戦略をとる。即ち、(1) 2010年前に強固な基礎を築き、(2) 2020前後にかなり大きな発展を見せ、(3) 21世紀中頃に、情報化部隊の建設と情報化戦争で勝利を収めるという戦略目標を基本的に実現する」となっている。つまり中国の経済発展戦略に対応して、軍事力を拡大していくと世界に宣言したのである。中国脅威論を緩和しようと努力している中国当局が、なぜこのような挙動に出たのか、詳しく丁寧な説明をする必要がある。それへの私見は後述する。
次に、中国の核戦略がより明白に示された。「自衛防御」のためであり、「根本的目標は他国が中国に対して核兵器使用や核兵器使用威嚇を封じ込めるためである」、つまり核兵器使用と威嚇への抑止力であると明言し、一貫して主張してきた不先行使用、非核所有国・地域への不使用、核廃絶の三原則を重ねて強調している。そして「自衛反撃、限定的発展の原則を堅持する」としている。(かつて毛沢東は、原爆は食べられるものではなく、多く作る必要はないと言ったことがあるが、基本的にこの精神を堅持している。先制核攻撃をしないと公約しているのは中国だけで、また中国は一貫して核廃絶を主張している。核廃絶問題で日中両国が協力する余地はたいへん大きいというべきだ。)また中国の核兵器は「軍事委員会の直接指揮下にある」ことを明らかにした。
第三に陸海空ミサイル各軍の戦略的方針の調整が示された。陸軍については「地域防衛型から全域機動型に変える」としている。中国の国内範囲ではあるが、米国のグローバル軍事再編と似ている面がある。海軍については、「近海防御の戦略的深まりを徐徐に増大させ、海上総合作戦能力と核反撃能力を高める」としている。注目すべきは、最近、海洋戦略とか海洋権益保護などのトーンが弱まっており、日本をはじめとする国際世論を配慮している。空軍については「国土防空型から攻撃防御兼備型に転換させる」としており、ミサイル部隊と共に、「積極的防御軍事戦略」の中心的役割を担うと見られる。
第四に人民戦争戦略とソフトパワー強化とを結び付けている。「人民戦争の戦略思想を創新・発展させ、軍事闘争と政治、経済、外交、文化、法律など各分野の闘争とを密接にタイアップさせ、各種手段と戦術を総合的に運用して、危機を主動的に予防・解消し、衝突と戦争の勃発を抑制する」としている。毛沢東の人民戦争論を新条件下で再構築している。また「集中統一、構造合理、反応迅速、権威高位の現代国防動員システムを徐々に構築していく」としている。これも、人民戦争論思想の現代への応用である。
第五に軍需工業育成の新方針と公開性が注目される。 国防工業の「基礎強化と自主創新に注意し、転換・アップ戦略の加速化を図る」としており、装備の近代化・情報化に力が入れられる。また「軍民両用産業分野での国際協力と競争への参加を奨励・支持する」としており、今後、外国との共同開発が活発化しよう。
なお、 軍事費の実情について、1979-89年間の増加率は1.23%、実質ではマイナス5.83%だった、1990-2005年の増加率は15.36%、実質では9.64%、2005年度国防費のGDPに占める割合は1.35%、国家予算に占める割合は7.29%で決して高くなく、中国の軍事費は米国の6.19%、英国の52.95%、フランスの71.45%、日本の67.52%で、一人当たりでは更に比べ物にならないほど低いとしている。即ち、経済成長率に見合った国防費の増大は当然のことであり、今後一定期間も実質10%の増大を図っていく姿勢が暗示された。
四 総括的コメント
個別の問題について、すでに若干のコメントを加えたが、四点ほど、総括的コメントをしてみたい。
先ず「和諧」が国家安全戦略の核心理念となった。国内的には和諧社会、国際的には和諧世界である。「和諧世界とは、平和と共同安全、相互利益とオール・ウィンの発展の相互促進関係」と定義付けている。中国の国防戦略はこの理念に従うということである。これは国威発揚とか国益第一とかといった狭隘なナショナリズムとは相容れないものであり、国内世論の国際性が高まっていこう。またそれを積極的にPRすることによって、世界からの支持を集めていこう。
次に、透明度の段階的向上が顕著となった。今まで、国防白書が発表されるたびに、透明性が向上してきた。今回も(1)国防費の予算、執行、会計検査プロセスの公表、(2)中国陸軍の軍団数、軍隊大学数、武装警官隊数の公開、(3)国防指導管理体制、人民武装警官隊の編成、辺境・海域防御体制などの公開が為され、国際的にも一定の評価を得るようになった。中国軍事力の増強によって、また国際的軍事交流の増進によって、中国の透明性はますます高まっていこう。
第三に、国際的に責任ある国になる強い意志が示された。それは透明性の向上に表れているが、米国をはじめとする先進諸国及び周辺諸国との軍事交流強化に、より鮮明に反映されている。例えば、二国間及び多国間の安全保障対話に積極的に参加し、国際的協調を図る姿勢が示された。旧式の軍事同盟ではない、新しい集団安全保障体制の構築にも極めて積極的である。米国の単独行動主義が躓き、「一超多強」から多極化への移行が加速化しようとしている新しい情勢下で、より一層の国際的責任感を示し、中国脅威論を払拭しようとする意図が見て取れる。
第四に米日の対中強硬派に対して毅然たる態度を示している。米日には中国を仮想敵国とみなしている勢力があり、中国の台頭を抑え込もうとする軍事報告書や論調が絶えない。それに対しては、軍事力増強三段階論に示された如く、防御しうる力を付けることを公然と宣言した。そこには、長期的には既存の不公正且つ不合理な国際政治経済秩序を変えていくというメッセージが滲んでいる。またそれは、多強(EU、ロシア、インドなど)及び発展途上国を勇気付け、米国の「一極支配」傾向へのけん制に繋がることも狙っていよう。中国は「韜光養晦」(才能を隠して外に現さない)から「光明正大」に転換することが自国、アジア、世界の平和と繁栄に有利と判断するようになったのであろう。ということは、もし米国が自国本位を放棄し、国連を尊重し、真に平等公平な集団安全保障体制を構築していくのであれば、「21世紀中頃に、情報化部隊の建設と情報化戦争で勝利を収める」という戦略目標は自然消滅するということでもある。つまり三段階論は米国と日本の自省を促すものでもある。押柄なボスとその片棒担ぎを戒めるために自分の力を付ける、そしてボス支配の秩序ではなく、民主的な組合方式秩序を構築していこうというのであれば、三段階増強論と和諧世界論とは矛盾しない。
2006年1月6日

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