第3回「世界経済評論」フォーラム【対論】中国 vs. インド

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市川周(司会) 本日は、極めて関心の高い中国とインドがテーマです。といって、中国の専門家が話して、それからインドの専門家が話して、二つ聞いて何かもうけたというような、そういうレベルの話ではなくて、この二つの極めてポテンシャルが高く、将来、おそらく我々を追い抜いていくだろう巨大な経済と、我ら日本がどう取り組んでいくかという、そういう議論をそろそろ始める時期に来ているのではないだろうかという思いで、クロストークということを非常に意識した試みをしてみようと思います。
  世の中には中国の専門家、インドの専門家はいますけれども、こういう場で議論し切れる専門家というのは、意外と少ないことに気がつきました。その中で何とかお願いして、このある意味では非常に勇気の要る対論に登場していただいた二人の先生を御紹介いたします。
 もうお二人とも高名ですので、あえて私が紹介するまでもないのですが、中国側からの問題提起をしていただきますのは、日中関係研究所所長、福井県立大学名誉教授の凌星光先生です。そして、インド側は、最近非常にいろんなところで御活躍されています、拓殖大学国際開発学部教授の小島眞先生です。
 まず、中国、インドそれぞれの経済の持っている強みと弱みを、相手方と比較し、その中から想定される今後に懸念される点、心配の種、弱みなどをどうお考えになられているのか、そのあたりからお話しいただければ思います。
 まず凌星光先生の方からお願いします。

(凌星光発言部分)

■ 中国経済の高度成長は続くか

凌星光 皆さん、こんにちは。まず「中国経済の高度成長」とい視点から、四点ほどお話いたします。
 第一点は、高度成長は二〇二〇年ぐらいまで続くと見られていることです。今年は二〇〇七年ですから、あと一〇年から一五年ぐらい続くでしょう。それは私が1996年に出版した著書『中国の経済改革と将来像』にすでに触れています。その根拠は何かというと、高度成長というのは、後発国が先進国にキャッチアップする段階の現象です。戦後日本の高度成長は、アメリカやヨーロッパ諸国、特にアメリカに追いつくプロセスでした。そこでこの高度成長がどのぐらい続くかというと、そのギャップの大きさが一つの基準になると思います。今までの経験法則によりますと、成長率が一〇%を超すと国民経済がアンバランスになってうまくいかないことが多い。ですから高度成長というのは、七~一〇%の間の成長率で、安定して持続的に続くということです。日本の高度成長期は一八年くらいでした。アジアNIESが約三〇年続いたと思います。中国の場合は、キャッチアップする体制に入るのが遅かったので、それだけギャップが大きい。ですから時間が長くかかるので、四〇年は続くであろうと私は予想したわけです。
 それではすべての国がこういったキャッチアップができるかというと、そうではなくて、基本的には三つの条件を具える必要があると思います。
 一つは、効率的な経済メカニズムができるかどうか、政治が安定しているかどうかです。中国は経済改革によって市場原理を導入し、政治も基本的に安定していましたから、これらの条件は整っていたわけです。
 二つ目は良好な国際環境にあるか、特に先進国との間に良好な関係があるかどうかです。キャッチアップというのは先進国に追いつくということで、先進国から資金や技術、とりわけノウハウを導入する必要があります。もし関係が悪ければそういうことはできません。かつての中国あるいはインドにはこのような条件に欠けていました。
 三つ目は、良質な労働力があるかどうかです。良質な労働力があれば、技術などもどんどん吸収することができ生産性が上がります。同時に個人の収入が増えていけば消費も拡大し、生産と消費との間に好循環が生まれます。
 改革開放後、中国はこの三つの条件をほぼ満たすようになり、30年近く高度成長が続きました。しかもこの三條件は依然として存在するため、高度成長はまだ続くというわけです。
 日本では、二〇〇八年の北京オリンピックと二〇一〇年の上海での万国博覧会の後には、中国経済は急にダウンするのではないか、という見方がかなり強くあります。しかし私は、小さな波はあっても、基本的に大きくダウンすることはないと考えています。
インド経済においても同じことが言えましょう。インドは中国に比べて約一〇年おくれて経済改革に入りました。初めは五~六%の成長率でしたが、最近は高度成長期に入っています。先にお話した考え方から、インドは中国よりももっと長く高度成長が続くと思います。
 二点目は、「世界経済評論」の二月号にも書きましたけれども、中国経済は、二大不均衡を抱え、その悪循環に陥る危険性があります。必ずそういった危機が起こるかというとそうではありませんが、今そういう厳しい状況にあります。
 一つは、国内の消費需要が低迷していることです。だいぶ報道されていますが、格差がひどく、一部の人は大変裕福であるが、農民あるいはリストラされた人たちは低所得で、購買力(有効需要)に乏しい。これはちょうど戦前の資本主義経済の現象と似ています。戦後は有効需要政策によってこのような現象は基本的に克服されました。中国は所得政策面でミスを犯したと私は見ています。
 もう一つは、人民元が大幅に割安であるため国際収支の黒字が多過ぎ、対外的不均衡が拡大していることです。国内の消費需要が不足するため、輸出圧力が働き、大幅な貿易黒字が生じています。去年の貿易黒字は、約一、七〇〇億ドルです。この貿易黒字の主要な原因は、割安な人民元にあります。人民元レートが購買力平価よりずっと低いため、輸出競争力がその分高くなります。現実のレートは大体、購買力平価の四分の一乃至三分の一と見られています。
 こうした状況のもとで、外貨準備高が急増し、日本を越して一兆ドル以上となりました。去年の貿易黒字が一、七〇〇億ドル、それに資本収支が約八〇〇億ドルの流入超過、合計約二、五〇〇億ドルが新規増加額です。ということは、それに見合った人民元が出回ることですから、過剰流動性が発生してきます。市場に出回る資金・人民元が過剰気味となり、それが消費の方に向かわないで、企業家・投資家によって投資に向かいます。ですから今、中国の国内投資が大変旺盛です。これはまた新しい需要不足を生み、アンバランスが拡大しています。このままでいくと、そのうちに破綻するのは間違いないでしょう。中国当局もこの点をよく認識しておりまして、第一一次5カ年計画(2006-1010年)では、こういった悪循環に陥らないように一連の対策がとられています。ただ、人民元高誘導は一定の政治的リスクも伴うため、どの程度まで実行できるかが問題です。
 第三点は政治改革の立ち遅れによる歪みです。
 今の中国は、対内的と対外的な2つの構造的不均衡が、相互に促進し合うような問題に直面していると申し上げましたが、これは結局のところ中国の政治改革の立ち遅れに原因しています。ですから、これは経済的問題というよりも、政治的問題なのです。即ち、経済的には問題点を認識していても、それが解決できるかどうかは政治に関わっているということです。政治改革なくして、真の安定的経済成長はないということでもあります。
 今中国では拝金主義が横行しております。世界的に広がっている新自由主義の影響も受け、貧富の格差拡大、地域格差の拡大、都市と農村の格差拡大など、いわゆる三大格差が広がっております。経済政策面でのミスもありますが、より重要なのは政治的不正腐敗の存在です。中国共産党による実質的な一党独裁体制は、確かに昔に比べると少しは民主化されましたけれども、基本的な枠組みは変わっていません。党官僚組織による不正腐敗が長期にわたって続いています。不正腐敗退治はもう二〇年近く叫ばれていますが、改善を見ないばかりか、ますますひどくなっています。中国共産党は、今秋第一七回党大会を開いて、政治改革に取り組むはずです。政治改革が進めば、経済的・構造的な矛盾も徐々に解決されていくというシナリオになります。それがスムーズにいくか、それともいろいろな問題に直面し停滞するのかは、今後を見守る必要があります。
 第四点はこの急成長する中国経済はどのような国際的影響を及ぼすのか、です。私は十一年前の著作の中で、人民元がそのうちに国際通貨としての影響力を増すということを言ってきました。今後も続く中国の高度成長によって、中国の国際的影響力、国際的地位は急速に高まっていきます。というのは高度成長と人民元レート上昇の相乗効果によって、中国経済の世界経済に占めるウェイトが急上昇するからです。
中国経済の膨張につれて、人民元の国際通貨化がだんだん進んでいきます。現在すでにかなり進んできていますが、今後もっと大きな変化を見ることになろうかと思います。そして、ドル、ユーロ、アジア通貨の三極通貨体制に移行していくと思います。その場合、人民元と円、将来はインドのルピーも重要になってくると思われますが、その協調体制が不可欠になると思います。二〇三〇年ごろには、必然的に通貨面での協調体制に進むと思われます。
 
■インドと中国の比較

 中国とインドを比較しますと、インフラ面では中国の方はかなり整備されていますが、インドはおくれていると言われております。しかし、インドも今力を入れていますから、あと一〇年もしたらかなり追いつくのではないかと思います。経済構造で言いますと、インドの輸出は中国に比べてたいへん低いですが、これも最近、大幅に拡大する傾向にあり、対外経済関係は大きな発展を見るのではないかと思われます。
 私はインドへ行ったことはありませんし、インドを研究しているわけでもありませんが、インドの抱える大きな問題はカースト制度の残余ではないかと思います。インドにはソフト開発面で大変優秀な人が沢山出ておりますが、他方で教育を受けていない貧困層が多いと聞いております。したがって、インド全体が調和のとれた社会になるのはなかなか難しいのではないかと思われます。これは長い歴史に基づいた社会的構造に根ざしていると思うからです。
 それに対して中国は、共産党の政権になって、社会の仕組みに根本的な変化が起こりました。階級的差別はなくなり、男女平等も徹底され、中国の女性は幅広く社会に進出しています。ですから、優秀であれば誰でも伸びることができる環境にあります。今、貧富の格差が拡大しているのは、政策的ミスによる一時的な現象だと私は思います。能力がある者は上に出ることができるという社会的構造は、中国には基本的に形成されています。
 インドの利点としては、やはり民主主義が根付いており、法体系が大変整備されていることがあります。中国はまだ一党独裁体制のもとで、人治要素が依然としてかなり強く、不正や腐敗もなかなか根治されないという問題があります。インドの法制度の整備及び民主主義の健全さなどは、中国が学ばなくてはならない点であると思います。

市川 (略)。

小島眞 (略) 

市川 ありがとうございました。概括的に両国の経済のポイントを整理していただきました。
 日本経済の側からは、中国、インドそれぞれの可能性なり危険性を見ていくということがあります。インドの方、中国の方に来てもらっているわけではないけれども、凌・小島両先生に、それぞれの立場を意識して討論していただければと思います。
 まず、凌星光先生のお話を聞いて、これからインドが発展していくために、こんなことを中国の経済の経験なり認識から聞いておきたい――これは褒めながらでもけなしながらでもいいですが――何かインド経済の今後にとっての大事な要素で、中国はその問題をどういうふうにしてきたか、あるいはこれからどうするか。小島先生にとってインド経済をさらによくするために聞いておきたいということを、凌星光先生に遠慮なく質問していただければと思います。どうぞお願いします。

小島 (略)

凌 実は中国のインフラは、改革開放政策を始めたばかりのときはひどかったのです。改革開放政策をやることによって貿易が増えると、港湾整備がおくれていて荷揚げできず、外国の船が一〇日とか半月そこにとまってしまうのです。その結果、損失の賠償問題も出てくる。これが一九八〇年代初めごろの状況でした。それで、インフラ整備に力を入れはじめるのですが、投資資金がない。その資金をどういうふうにして編み出したかというと、土地の使用権の商品化です。例えば日本の企業が中国に進出しようとすると、その企業に土地の使用権を売るわけです。中国では土地は国有でして商品ではなかったのです。それを国が使用権を売ることのできる仕組みを作ることによって収入が入ります。そのお金を他に使わずに必ずインフラ整備に使うというわけです。それで、港湾や道路を整備し、水道とか電力も整備されていきました。そして外資が入ってきて生産に入ると、今度は企業活動による税金も入ってきます。こうして、土地使用権の販売―財政収入の増加―インフラの整備―企業活動の活発化―税収の増加という好循環が生まれたのです。
 八〇年代には、上海は財政収入の多くを国家財政に納め、ほとんど発展を見ることができませんでした。九〇年代の初めから上海に、税収を国が余り持っていかないで、上海により多く残して自分で使っていいという優遇策を与えました。そして浦東地区の開発が進んだわけですが、そこはもともと農地でほとんど価値がないものでしたが、開発区としての計画が発表されると、日本などの企業家や投資家も将来の可能性を信じて投資をします。その資金でインフラがどんどん整備されていきました。そして財政収入もそれに応じて入ってくるようになりました。不正行為もあるけれども、やはり優秀な官僚がいるわけでして、私の教え子なども大変よく頑張っています。そういうところは、インドが学んでもいいのではないかと思いますね。

小島 その点については、インドには参考にならないと思うのですね。といいますのは、インドの場合は中国と違って、土地の国有化がございません。(略)

■中国から見たインド

市川 ありがとうございました。今度は逆に凌星光先生の方から、まだ学ぶ方はインドだという感じもしないではないのですけれども、ゴールドマンサックスではありませんが、二〇五〇年から二〇七〇年あるいは八〇年には相並ぶような状態になってくるのだと思うのですが、それをするならばちょっとこういう点が心配なような気がするだとか、余計なおせっかいだけれども、これはこうなんだとか、あるいは中国がいい形でインドと共存できるようなためにも、こんな点についてインドはどう思っているのだ、どんなことでも結構でございますので、今小島先生のお話を聞かれて、凌星光先生がお聞きになりたいことをぶつけていただければと思います。よろしくお願いします。

凌 今小島先生が指摘されたインドの年齢構造が大変若いということは重要だと思います。中国は急速に老齢化が進みます。ことによると日本よりもっとひどい老齢化が進む可能性もあります。二〇二〇年以降はだんだんと社会が老齢化し、活力がなくなってくる。これは必然的な成り行きとなっていますが、それをどうやって補ったらよいかが大きな課題です。ですから今、日本の経験を大いに学ばなくてはいけないと、中国の研究者たちも思っているわけです。
 インドは、中国のような計画出産といいますか、一人っ子政策などはやっていませんから、その点は若さを保つことができるわけです。私は先ほど、インドでは、カースト制度の残余が存在し、一部の恵まれた人たちが大体高い教育レベルを受けている反面で、下層の多くの人たちはずっとまだ教育レベルが低い、あるいは教育を受けられないでいるとういことにふれました。貧困層がかなり多いということですね。中国の場合は、絶対的貧困問題がなかなか解決されない、まだ三〇〇〇万人ぐらいいると言われますが、中国全体からすると大した数字ではないのです。しかもどうやってそうした「弱者」の生活レベルを上げるかについていろいろ対策が採られています。しかし、それは共産党の指導体制のもとで行われますから、政府の役人が農民の土地使用権を「収奪」するというようなことが起こります。そこで、政治改革が胡錦涛さんの思惑どおりにうまく行くかどうか関心が払われるわけです。一番よいのは民主的政治のもとで貧困問題を解決することです。インドの場合、議会民主主義政治のもとで如何にして貧困問題が解決されていくのでしょうか。

小島 (略)

■日本経済にとってインド・中国とどうつき合うか

市川 ありがとうございました。今度は、日本経済から見て、中国、インドというこの巨大なポテンシャルを持つ二つの経済をどういうふうにつき合っていけるのか。これが私たちの最大のテーマだと思うのです。そのことを小島先生の方からお聞きしたいと思いますが、いかがでしょうか。

小島 (略)
市川 (略)
小島  (略)

市川 ありがとうございました。では凌星光先生にお願いします。

凌 いま小島先生から、インドは日本に大変期待しているにもかかわらず、日本がそれに十分こたえていないと言われました。私もそうだと思います。その原因は、経済界は目先の利益に向かいがちで、政府の方は戦略的視点に欠けていることにあると思います。インドと中国への関わり方を視野に入れて、日本の在り方を四点ほどお話したいと思います。
 すこし経済そのものの話から外れますが、安倍首相の『美しい国へ』の中に、インドを強調して、同じ価値観の国だから大いに関係を発展させれば、十年後には今の日本と中国との経済関係を上回るものに持っていける、というようなことが書いてありました。私はそれ自体については結構な話であると思いますが、ここでやはり日本に根強くあるパワーポリティックスの思考法、中国へのけん制と言うような考えからは脱皮する必要があると思います。
パワーポリティックスの思考は、中国にも強くあります。しかし、中国の有識者の中では、脱パワーポリティックスが主流になりつつあります。二一世紀における新政治経済秩序の形成に向けて、アジア諸国は大いに協力していかなくてはなりません。インドとは価値観が同じだから協力し、一緒になって中国を牽制しようというような論調は余りにも古いと思います。最近は安倍首相の訪中によって、日本の世論もかなり変わりましたが、それ以前は、日中関係が靖国参拝問題でうまくいかないのであれば、ベトナムへとか、あるいはインドと協力して、中国に対する牽制を強めるという論調がかなり強くありました。
アメリカでも日本と同様に、パワーポリティックスに基づいて米印関係強化による中国への牽制を強めようとしていますが、インドのシン首相は中国に対して、「互いに競合する態度ではなく、互恵協力の視点で見る」と語っています。これは中国との会談の席での発言ですから、少し割り引いてみる必要はあるでしょうが、基本的にインドは自主性を持って対応し、アメリカや日本側に同調して中国を牽制することにはならないと思われます。それはインドのプラスにはならないからです。
 先ほどの小島先生のお話のように、中国とインドの経済関係はものすごい勢いで発展しています。貿易額が、日本の三・七倍とおっしゃいましたが、たしか日印貿易額は七十億ドルぐらいで、中国は二〇〇億ドル近くです。それをさらに2010年までに倍増させ、四〇〇億ドルに持っていくという目標を、胡錦濤さんが去年11月にインドを訪問した際に掲げました。これは、今の中国とインドの関係からして、十分達成できる目標だと思います。ですから、私はやはりパワーポリティックスの視点ではなくて、東アジアあるいはアジア全体の経済的協力関係がどんどん進んでいくという視点で、対応すべきではないかと思います。
 それから二点目として、経済発展についてはプラス・サム思考で行くべきで、ゼロ・サム思考を克服しなくてはいけない。例えば中国とロシアとのパイプライン敷設契約がほとんど成立しようとしたとき、日本がシベリア・ラインの話を持ち出してきて挫折しました。その際、中国の有識者の間で、日本が中国とロシアとの関係を邪魔しているというようなことが盛んに言われました。それに対し私は、「いや、これは中国がロシアに対してかなり厳しい条件を出したことに原因しているのであって、日本がよりよい条件を示せば、ロシアとしては当然、日本の方に傾いて行くわけで、それをとやかく言うべきではない。もし日本が本気でやって、たくさんのお金をシベリアに落してくれれば、それは中国東北地域の経済発展に大いにプラスになるはずだ」と述べました。経済関係というものは、状況の変化に迅速に対応できれば、常にチャンスを掴めるものだと思います。
 インドでも、日本が大いに投資して、インドが発展するならば、中国の対インド貿易と投資にもよい影響を与えます。最近、日本で「中国よりもインドへ」というような論調が聞かれますが、これは可笑しいと思います。日本のインドへの投資増加は、中国経済にとってもプラス要因となります。経済というのは有機体であって、どういう対応をするかによって、プラス要因にもマイナス要因にもなり、経済的優劣が決まります。こういうプラス・サム思考で、中国、日本、インドの三カ国経済関係を考えるべきだと思います。
 今は亡き大来佐武郎さんとかつてよく話し合う機会があったのですが、大来先生は如何にして発展途上国と先進国との好循環を形成していくかに心血を注がれておられました。そして、その中で日本がどういう役割を果たすべきかについて盛んに仰っておられました。こういう考え方が、今の日本にも求められているのではと思います。日本は先進国の立場に立つだけではなく、先進国と発展途上国との好循環を形成していく上でイニシアティブを発揮すべきだと思います。その場合、日本がリーダーと言う態度ではなく、中国やインドと協力してイニシアティブを発揮していくという姿勢が肝要だと思います。そうすれば、日本経済あるいは日本全体のアジアにおける地位、世界における地位というのはずっと保たれていくのではないかと思われます。
 そうではなく、一つの対抗意識、あるいは中国を牽制するというような態度で臨むと、日本の存在感はだんだん薄れていくと思います。人口から言っても、日本経済の成熟度から言っても、日本のウエイトが下がるのは必然的な成り行きだからです。したがって、長期的な視点で見た場合、私が今言ったような戦略的視点に立って対応すべきだと思います。
 三つ目に、日本の相対的優位性はまだかなり長い間維持されますから、日本は自信を持っていいと思うのです。一人当たりGDPで言えば、五〇年は日本の優位性が保たれていきます。これから人口が減るにしても、人口一億人以上の日本という国の優位性は保たれていきます。インドと中国がこれから日本にキャッチアップしていくとしても一人当たりでは五〇年はかかります。ですから、日本が相対的優位性を保っている間に、どうやって日本の科学技術や経済的ノウハウの影響力をアジア諸国に及ぼすかがたいへん重要であると私は思います。それができれば、今世紀の後半、ますますボーダーレスになっていくアジアにおいて、日本民族のリーダーシップは発揮されていくと思います。
四番目に、「脱亜入欧意識からの脱皮」です。今中国は大変自信を持つようになり、自信過剰の面も見られます。これには私は常に警告を発し、中国という国は人口大国だし、昔から中華文明という意識もあり、大国主義的になりやすいと言っています。しかし、中華文明の再生、インド文明の再生、そしてアフリカ、エジプトのナイル河文明の再生によって、近代ヨーロッパ文明のもたらした負の遺産を見直す作業をすることは、今世紀の重要な課題だと思います。現在、中国の発展途上国への対応は、このような文明論を出発点とし、諸文明の共存を説いています。近代以降、世界を支配してきたヨーロッパ文明は変革を迫られています。中国の勃興、インドの勃興によって、世界は大きく変わります。日本は独特な文化を有しており、その国際化に努めるべきだと思います。日本は近代において植民地化を免れ、列強に列することができたということで、アジア諸国に対して一種の優越感を持っています。そこから脱皮しなくてはいけない、この優越感を超克しなくてはいけないと私は思います。それができれば間違いなく、日本のアジアにおける優位性は十分に発揮でき、国際的尊敬を得ることができましょう。
 経済界のリーダーは案外こういう国際的意識を持っておりますけれども、政治家の場合は狭隘なナショナリスティックの面を持つ人が多いように思われます。ですから、日本は政治と経済との関係をうまく処理して、中国とインドに対応していくことが重要です。そうすれば日本の優位性が十分に発揮され、それは中国にとっても日本にとっても、それからアジア全体にとっても大変プラスになることだと思います。

市川 ありがとうございました。(略)
小島 (略)

■東アジア共同体の展望から見た日・中・印

市川 ありがとうございました。そうしましたら、三つ目のポイントを最後にやりたいと思います。アジア共同体とか東アジア経済共同体がさまざまに議論されています。日本の外交構想の中には、以前以上に東アジアのなかに、オーストラリアとインドを入れた形での共同体構想へ引っ張っていこうという感じがあると思うのです。中国・北京の人にしたら、何でそんなに豪州やインドを入れなければいけないかという、違和感があるのではないかな。そうすると、東アジアって一体何なのだということになるかと思うのです。昔から唐、天竺という言葉があります。明らかに唐、天竺、日本というそういうアジアに対するイメージが日本の中にあったと思うのです。こんなことを言うと怒られますけれども、大東亜会議にはチャンドラ・ボースというインドの代表も来ておるわけで、その評価は全然今ここで議論するわけではないのですけれども、日本人の中には一つのアジア的視野の中に、間違いなくインドというのがあるわけです。それが現実に、一人当りはさておいても、国民経済の大きさにおいては明らかに日本を凌駕していくパートナーとして出てくるわけです。一〇年、二〇年、まあ三〇年ぐらいの視野を持って、これからのアジア経済というものの大きな広がりの中で、この日・中・印というものがどんなようなダイナミクスを展開していくのだろうか、またその中でどんなような方向性が望ましいのだろうか、あるいはどんなリスクがあるのだろうか。お二人の先生が今お思いになっているようなことをお話しいただければと思います。

小島 (略)
市川 では、凌星光先生から、東アジア、アジア内で考えた日中印の今後ということでお願いいたします。

凌 中国では日中関係がかなりぎくしゃくしたなかで、東アジア共同体という目標の中で日中関係を改善したらどうか、そうすることによって日中間に存在している政治的問題を相対的に小さくして、協調の度合いを強くしていったらどうかという動きがここ二、三年たいへん強くなってきました。それで、二〇〇四年にASEAN10+3非公式首脳会議で、ASEAN10+3の長期的な目標は東アジア共同体をつくることにあると宣言されたとき、中国の研究者たちは大変喜びました。これで大変いい方向に行くし、日中関係も改善の方向に向うのではないかと思ったのです。ところが二〇〇五年から日本で異論が出て、インド、オーストラリア、ニュージーランドを含めたASEAN10+6の構想が提起されました。これでは東アジアではなくなりますから、全く日本による妨害と映りました。それで、二〇〇五年一二月の会議では、小泉首相と温家宝首相との間で、名指しこそ控えましたが、実際には構成国の枠をめぐって鋭い論争が展開されました。ことし一月にフィリピンで開かれた東アジアサミットでは、2005年のような争いはなかったけれども、この枠についての中国の主張は基本的にはASEAN10+3です。しかし、日本がどうしても拡大したASEAN10+6であるというならば、それに反対はしないという態度でした。
 どちらかというと、中国は、こういった東アジア共同体というのは、ASEANが求めてきたからそれに応じたのであって、ASEANが今2つに分裂した以上は、中国はもうこれに余りコミットしないという考え方です。中国が今力を入れているのは、ASEAN10+1(中国)です。ここでは中国の思惑を全面に出せるからです。東アジアサミット会議をASEAN10+6にするというのであれば、それでも結構、前向きに応じますというわけです。その前向きとは、実際には様子眺めで、日本がやれるのだったらどうぞということだと思います。
 インドやオーストラリア、そしてニュージーランドをも含めた拡大東アジア経済圏で、何ができると思いますか。谷口誠先生は、こんなことしたら絶対に何もできないに決まっていると仰っています。ご在席の皆さんの中でもASEAN10+6が本当にうまく行くと思っている方は殆どいないのではと思います。ASEAN10+3ができなくても、別に中国の経済が困るわけでもないし、積極的に対応すると覇権を求めようとしていると見られるのであれば、中国は一歩控えて様子眺めというわけです。
渡辺利夫先生はASEAN10+3は中国が覇権を確立するための場であると言われております。このような誤解は、2004年に東アジア共同体をつくることが決まったときに、中国が最初のサミット会議を北京でやりましょうと言ったことからだと思います。その時すぐに日本とアメリカから、「中国の野心が出た」「中国が覇権を求めようとしている」という論調が出てきました。この思いがけない反応に中国の指導者は驚きすぐに提案を引っ込めました。中国が北京でやりましょうと言ったのは、ブレーンたちがこの機に胡錦濤体制を強めようとしたからでしょう。中国の基本的姿勢はASEANの意見を尊重するというもので、ASEAN+3でも10+6でもどちらでもよい、当面、力を入れるのはASEAN10+1(中国)ということです。

市川 (略)

小島 (略)

市川 ありがとうございました。

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このブログ記事について

このページは、凌星光が2007年3月 3日 14:22に書いたブログ記事です。

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