大類善啓氏から方正日本人公墓のことを聞き、大きく心を動かされた。その物語は次のようなものである。
中国黒竜江省方正県には三つの満州開拓団があったが、ソ連軍進入後、奥地の開拓団員が方正収容所に集まってきたため、人数が急速に膨張していった。零下40度の厳寒下で、1945年末から46年にかけて、方正に集結した多くの開拓民が飢えと凍えで亡くなった。1946年に方正県人民政府が誕生し、散らばっていた遺体4500体を一箇所に集めてガソリンをかけ、三日三晩焼いた。そしてその遺骨は野ざらしにされ、白骨の山となっていた。
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