「方正日本人公墓」の語るもの

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大類善啓氏から方正日本人公墓のことを聞き、大きく心を動かされた。その物語は次のようなものである。
中国黒竜江省方正県には三つの満州開拓団があったが、ソ連軍進入後、奥地の開拓団員が方正収容所に集まってきたため、人数が急速に膨張していった。零下40度の厳寒下で、1945年末から46年にかけて、方正に集結した多くの開拓民が飢えと凍えで亡くなった。1946年に方正県人民政府が誕生し、散らばっていた遺体4500体を一箇所に集めてガソリンをかけ、三日三晩焼いた。そしてその遺骨は野ざらしにされ、白骨の山となっていた。

1963年の春、1945年当時の厳寒を体験したことのある開拓団の一員松田ちえさんが、このまま放置するわけには行かないという心情にかられ、同じく開拓民であった栄さんと相談して、遺骨を埋葬する許可を方正県人民政府に申請した。栄さんの夫鄭さんもこれに尽力し、県人民政府、省外務弁公室、外交部(外交部長は陳毅)、周恩来総理の手を経て、1964年10月、「方正地区日本人公墓」が建てられた。
 日中国交正常化後、多くの日本人がこの事実を知ることとなり、墓参団も組織されるようになった。とりわけ、故石井貫一会長及び牧野史敬氏をはじめ多くの方によって「方正支援の会」が組織され、この公墓を日中友好の礎として日本での広報に努めてきた。ここ数年、大類善啓氏が事務局長となってからは、「方正友好交流の会」として再出発し、会報「星火方正――燎原の火は方正から」が出されている。
会報4号で知ったことだが、松田ちえさんは文化大革命中にスパイとして拘留され、もう少しで死刑になるところであった。ただ、外国人であったため、死刑罪状が周恩来のところまで上げられ、即時釈放になったとのことである。これは松田ちえさんの息子さんが30年後に方正を訪問した際、リタイアした元公安局の幹部が打ち明かしてくれたことで、ご本人はそれまで知らなかったとのことである。文革を経てスパイ嫌疑をかけられた筆者にとって、その辺りの状況は十二分に理解できる。正に日中両国間に発生したドラマティックな出来事である。

 好転し出した日中関係を更によい方向に推進するために、「方正日本人公墓」存在の意義を再認識し、それをPRすることは極めて重要なことであると考える。思ったことをいくつか述べてみたい。
先ず、過去の侵略戦争への正しい認識が求められる。中国当局は日本の過去の侵略戦争について、中国人民ばかりでなく、日本人民もまた被害者であるとしている。方正公墓は正に日本人民も被害者であったことを立証している。中国への侵略戦争は不正義の戦争であり、日本は二度とこのような戦争を起こしてはならない。また中国は日本人がこの戦争を人類史的視点に立って総括するよう協力していく必要がある。
1648年に締結されたウエストファリア条約によって、国家主権を絶対視する近代国際政治が始まった。即ちヨーロッパで作られたいわゆる国際条約によって、アジア、アフリカ、ラテンアメリカは植民地化した。そして第一次世界大戦と第二次世界大戦が起こった。現在、世界はまだ白人が作った世界秩序が基本であり、かつて植民地であった発展途上国には不利な仕組みとなっている。21世紀には中国やインドの勃興によって、奴隷貿易など人種差別も含まれた近代国際政治の見直しが行われよう。四年前に南ア連邦で開かれた人種差別解消会議は、奴隷貿易の清算が含まれており、画期的なことであったが、結局、米欧の反対に遭って成功しなかった。まだ機が熟していなかったのである。今の段階は第二次世界大戦のフアシズムと軍国主義を清算し、今世紀後半には近代国際政治そのものが、人類史的視点で総括されよう。日本は「国家間の戦争では正義も不正義もない」などとは言わないで、人類指摘視点で自らの過ちを早期に総括し、今世紀後半で展開される近代国際政治の総括に積極的発言ができるよう努力すべきだと考える。
この点で、日本はドイツに学ぶべきである。事情は必ずしも同じではないが、侵略戦争を起こし、人類史的罪を犯した点では共通点がある。ドイツ政府と国民は深く反省し、周辺諸国及び国際社会の信頼を得ることとなった。今やドイツはヨーロッパのリーダー格となっているが、それに異を唱える声は聞かれない。それに対し、日本政府は60数年経った今でも、証拠がないとか国際法に違反していないと言って逃げようとする。日本はドイツと違って、政府も軍隊も崩壊せず、降伏決定から米軍が資料接収までの約三ヶ月、証拠隠滅を組織的に行い、国家的犯罪に関わる殆どの資料を焼却した。証拠がないと逃げている限り、国際社会から信頼を得ることはできない。
日本政府と国民は方正県での悲劇を心に刻み、軍国主義の起こした侵略戦争とは一線を画し、肩にのしかかっている重荷を下ろして国際社会で大いに活躍すべきである。「主張する外交」を展開しようとしても、歴史認識問題でけりをつけていないために、慰安婦問題発言が飛び出し国際的批判を浴びた。これはよき教訓である。
 次に日中双方の人間性重視と東洋文明への共通認識を強調したい。方正公墓は松田ちえさんの発案で、栄さんとその夫鄭さんの協力によって建てられた。つまり庶民からの提案、下からの提案によるものであった。松田さんは本当に偉大なことをして下さったと思う。同時に、1953年、私が興安丸に乗って帰国した際、日本の人たちによってなされた強制連行中国人労働者犠牲者の遺骨送還活動を思い起こす。東洋には儒教の和の精神や仏教の慈悲の精神がある。これを共通の価値観として相互の交流を深めていくべきである。
中国では日本は野蛮な民族であると見る人がかなりいる。中国を侵略した際の野蛮さが祟っているのである。日本人は決して野蛮ではなく、ただ、近代国際政治において列強への仲間入りを目指し、軍国主義が支配的地位を占めたために起こったものである。中国の一部にあるこのような偏見は改めなくてはならないが、日本としてもこのような偏見が是正されるような努力をする必要がある。近代において、日本が列強に仲間入りできたこと、近代化を実現できたことには誇るべきところがたくさんあるが、他方、そのプロセスでのマイナス面を総括することによってはじめて、21世紀の世界においての先導的役割を果たせる。「脱亜入欧」からもう一度日本自身およびアジアを見直すことが肝要であると考える。
現在日本で価値観外交を推進する動きがある。それは本来、アジア共通の価値観を踏まえて人類共通の価値観に進むべきだと思うが、米国に迎合して、自由、民主、市場など近代ヨーロッパ価値観を強調する。欧米価値観即先進的という既成概念は崩れ、他の文明への再評価がなされつつある今日において、このような命題提起は全く時代にそぐわないものである。世界はさまざまの文明と文化から成り立っている。文明文化の相互尊重と共存によって人類は平和的発展を遂げることができる。方正公墓をめぐる国民レベルの心の交流は、東洋文明再起の源となるものである。
第三にインターナショナリズム、グローバリズムを提唱すべきである。方正公墓の根底には、人民の視点に立ったインターナショナリズムがある。それは現在しきりに言われているグローバリズムと共通する。ただ、前者は国家の存在を前提としているのに対し、後者は超国家的視点から国家間、民族間の問題を見るところに違いがある。今世紀前半は国家の存在は大きいが、後半になると国家の壁はますます低くなっていこう。近代国際政治によって、国家が絶対的地位を占めるようになり、人権は国家権力に従属するものとなった。今世紀はグローバリズムを旗印に、国家主義から人本主義に返る世紀である。
日本は戦後、過去の国家主義の反省から国際主義の道を歩んで来た。そのため、過去の悪いイメージは一掃され、中国や韓国を除いては、平和的文明国家として高く評価されるようになった。ところが、日本経済の相対的地位低下と中国の台頭によって、日本国民の心理的屈折感が強まり、狭隘なナショナリズムが謳歌されやすい土壌がつくられた。それは過去の歴史問題での日本中心的発想法に典型的に見られる。他方、中国においても、偏った愛国主義教育の下で狭隘なナショナリズムに傾斜していく現象が起きてきた。今、日中両国の政府及び有識者には、如何にして自国のナショナリズムを抑制し、より国際主義の視点に立つようにするかが問われている。幸い、昨年10月の安倍首相訪中によって、両国関係は改善されつつあるが、引き続き努力することが求められている。
日本は戦後、政府の役割と市場の原理とをたくみに結びつけ、世界に誇るべきよきモデルを作り上げた。アジアNIES、アセアン、中国などもその経験に学び、目覚しい発展を遂げた。後にそれは東アジアモデルと称された。但し、ここ10年、米国の新自由主義の影響を受けて、市場万能論がはびこり、日中双方とも格差が拡大し反省期にある。今こそ日中両国は協力して東アジアモデルを再構築(一国範囲内の政府主導型市場経済を東アジア範囲での国際協調主導型市場経済に作り変える)して、日中協力によるエイシアンスタンダードを確立すべきである。そして今世紀後半には、その成功を踏まえてグローバルスタンダードに持っていくべきだ。ここに至って、世界の政治は近代国際政治から脱皮して、全く異なった様相を呈することとなる。

最後に、「方正友好交流の会」を発展させる上での幾つかの提案をしてみたい。
1 日中双方でのPRを強化する。ここ数年、新役員の努力によって、日本での広報活動が強化された。これを中国でもやるということである。この4月上旬、私と大類氏が中国を訪問した際、彼が日中科学技術文化センター、日中関係研究所、方正友好交流の会の三つの事務局長をしていると紹介した。そして、殆どの人が方正公墓のことを知らなかったので少し説明したところ、どこでも大反響があり、方正友好交流の会の事務局長が最も意義あることだとお褒めの言葉を頂いた。そこで中国で大いにPRする価値があるなと感じた次第である。
2 中国の大学の日本語科に資料を送る。方正公墓についてテキストになれるような名文を2000字くらいで書いて、中国の大学に送り多くの学生に知ってもらうのである。そうすると、各大学の日本語科には必ず数人の日本人の先生がいるから、それは必ずまた日本に返ってくる。つまり日本と中国の両方でPRすることによって、相乗効果が生まれるようになる。
3 日中両国が共に歴史教育をする場にする。ある中国人が「方正公墓はもう一つの靖国神社だ」と言ったが、より次元の高い日中両国の歴史教育の場、国際主義教育の場とすべきだと思う。中国はあちこちに愛国主義教育の拠点を作った。それに対し、私は愛国主義ばかりでなく、国際主義を教育する場でもなくてはならないと提案してきた。残念ながら、それはまだ実っていない。しかし、中国当局も変わりつつあり、そのうちに私の意見を取り入れてくれるものと思う。方正公墓は日中両国政府と国民が共に力を入れて整備し、国際主義教育をする格好の場となるはずである。
4 英文資料を作成し国際的広報活動を展開する。歴史認識問題では、海外華僑が大きな影響力を持つ。戦時中に、米国、欧州、東南アジアで大きな抗日支援組織が生まれ、その伝統的影響が今でも残っている。それが現地の有識者にも影響し、日本のイメージを悪くしている面がある。方正公墓をめぐる日中友好交流の草の根運動が紹介されれば、日本の国際的イメージアップに繋がる。一部の右より論者が日本の侵略戦争を美化しつつ日本の国際的影響力を維持しようとしているが、それは失敗する運命にある。日本の真の国益のために、もう一つの流れを作るべきである。
5 未来志向の友好活動を展開する。会員メンバーを見ても分かるとおり、多くの人が年配の方で、過去にこだわりやすい。これでは若い人を引き付けることができない。遺骨の山の写真などは一度見ればよい。会員の中には中国の花嫁を紹介し、幸せな家庭を作るお手伝いをしている人もいると聞く。多くの美談があるはずであり、絶えず明るい話題を提供し、未来志向の場を提供することが大切だと思う。第二代、第三代、第四代の会員を増やし、新しい草の根運動にもっていくよう提案したい。
2007年6月3日

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このページは、凌星光が2007年6月 3日 16:07に書いたブログ記事です。

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