この論文は2001年9月に執筆し、同年12月、中国社会科学院世界経済政治研究所の内部文献として詳細が印刷され、中央トップクラスに送られた。そのリードには本文要点として次のように書かれた。「人民元の為替レートは購買力平価の四分の一に過ぎない。国際的な人民元切り上げを要求する声はますます高まっていき、レート上昇は大勢の赴くところである。上昇のメリットはデメリットよりもはるかに大きい。基本的フロート制への移行を慎重に吟味し、ドル、ユーロ、円の加重平均を基礎に人民元レートを計算し、20年を三段階に分け、漸進的に人民元レート割安の問題を解決すること、同時にアジア通貨経済圏確立に努めることを提案したい。」
殆ど同じ時期、浙江財経学院の学術誌「財経論叢」01年12月号に全文が掲載された。その際、編集者によって次のようなリードが書かれた。「人民元レートは余りにも低過ぎ(購買力平価の三分の一から四分の一)、世界経済の均衡的発展にマイナスである。人民元の上昇は必然的流れであり、それは経済法則の定めるところである。人民元上昇のプラス面はマイナス面よりもはるかに大きい。中国の関係当局はうまく導き、人民元を漸進的に上昇させ、約20年の時間を費やして人民元レートが低過ぎるという問題を解決することが望ましい。余り遠くない将来において、人民元は準国際通貨となる可能性があるが、それはアジア通貨経済圏の形成を促すであろう。」
年が明けて、この論文は国務院発展研究センターの出している「管理世界」2002年1月号にも全文が掲載された。編集者が書いたリードは次のようなものであった。「世界経済のグローバル化が加速化し、わが国がWTOに加入するときに当たって、人民元レートの行方についての問題は、ますます人々の関心の的となり、議論が交わされている。本期号に、長期にわたって日本に在住し、日本福井県立大学経済学部の教授である中国学者凌星光先生の論文を掲載した。この論文は、海外学者の視点でわが国の人民元レートの趨勢と21世紀初めわが国がとるべき国際通貨戦略について論じている。本刊がこの論文を掲載するのは、国内学者の参考に資するためである。」
二つの公開雑誌に全文が掲載されたことについて若干説明を加えたい。先ず影響力の大きい「管理世界」に投稿したが掲載の返事がなかった。当時、管理世界は特別研究チームの研究成果、「ドルはたいへん強く、人民元はそれにリンクするのが一番安全」という内容の論文を掲載したばかりであったため、それに異論を唱えた拙稿は多分、掲載してくれないのだろうと思っていた。丁度その時、浙江財経学院童本立院長が筆者の論稿に目を通して、「是非、本学院学術誌に掲載したい」という申し入れがあり、同意した。それからかなり経って、筆者の論文を掲載した「管理世界」が送られてきて、はじめてニ雑誌掲載になってしまったことを知った次第である。管理世界のリードから分かるとおり、編集部はかなり慎重に議論して掲載を決定した。時間的にかなり遅れたのはそのためであろう。
筆者のこの論文は、中国の学術界でも重視され、中国社会科学院の出している「中国社会科学文摘」02年2期号「対策研究」項目に、論文の詳細摘要が掲載された。
以上のプロセスから分るとおり、筆者の論文は、当時、一定のインパクトを与えた。しかし、この主張が主流になることはなく、今に至るも、割安の元レートは殆ど是正されていない。現在、中国経済は過剰流動性、巨額の国際収支黒字、外貨準備高の急増に悩まされているが、その根源は余りにも割安な人民元レートにある。もし今世紀初頭において、元レート割安の是正策がとられていたならば、今日、直面しているシャープな諸矛盾は、ずっとマイルドなものに収まっていたであろう。実に残念至極である。
中国国内経済の不均衡及び対外経済関係の不均衡は、かなりの程度において人民元レートの割安にあることを認識すべきだ。「綱をつかめば網が張られる」という言葉あるが、元レート割安の是正は、正に綱を掴むに等しい核心的課題なのである。第17回党大会の政治報告の中で、「人民元レート形成メカニズムを改善し、資本項目の自由兌換を漸進的に実現する」と謳われているが、果たして本格的な取り組みが行われるのかどうか気になるところである。
この論文を執筆したきっかけは、2001年8月、世界経済政治研究所と北海学園の共同研究のために行った内モンゴルでの夏季合宿での筆者と戎殿新副所長との対話にあった。筆者が当時国内で主流を占めていた「海外で論じられている人民元切り上げ論は中国の経済成長を妨げようとするものだ」という論調は間違っており、人民元切り上げのメリットを説いたところ、戎氏から「国内ではそのような論調はなく、極めて参考になる意見だ。是非、研究報告書を書いて欲しい」と頼まれた。戎氏は一昨年、他界されたが、特にここに特記しておきたい。
2007年10月17日

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