今日、福田首相が訪中し、30日に帰る予定となっている。ここに、中国側がどう対応したらよいかについて、私見を述べてみたい。
一 福田内閣の暫時的安定
福田内閣は額賀財務大臣の守屋前防衛省事務次官汚職関連問題が一段落したため、一応、落ち着きを取り戻すことができた。また、12月11日に二回目の福田・太田与党首脳会談(9月25日に第一回目)が成功裡に終わり、団結して困難な国会を乗り切ることで一致した。福田首相は早期解散をしないことを確約した。新反テロ特別措置法は、臨時国会会期1月15日まで再度延長によって、参議院で否決された場合は、衆議院に戻して三分の二の多数決で採択する方針が決まった。参議院で問責決議がなされても、無視する、解散しないという方針も決まった。ねじれ国会の状況下でも、年末までに23の法律が通過し、福田首相の国会での低姿勢対応はマスコミからも一定の評価を得つつある。その上、1月中旬に内閣改造を行い、福田色が一層増す可能性がある。こうした状況を総合してみると、福田内閣は来年夏(洞爺湖サミット会議終了)まで継続する可能性が高くなった。中国当局として懸念されるのは、不安定な日本政局によって、予定されている来年4月の胡錦濤国家主席訪日の際に、日本の首相が代わっていることであろうが、その心配は殆どなくなった。こういう意味では、中国側として対応しやすい状況が生まれたと言えよう。
二 ハト派勢力結集の動き
中国当局は、日本の政治的流れに注目すべきである。福田政権誕生は、日本の政治潮流がタカ派主流からハト派主流に移行しつつあることを示しているが、その勢いに乗って、自民党内でハト派の中核的役割を果たしていた旧宮沢派(大平派の流れ)の古賀派と谷垣派が来春合併することが決まった。また最大派閥町村派(福田派の流れ)内部では、安倍元首相に代表されるタカ派的色合いから福田現首相に代表されるハト派的色合いに傾斜しつつある。民主党内部も基本的にはハト派が主流を成していると見ることができ、全体として、過去10年間見られた日本の右傾化現象にストップがかかり、日本のハト派勢力が息を吹き返しつつある。こういった流れに、タカ派勢力は危機感を感じ、再結集を図る動きがある。中川昭一、平沼赳夫、麻生太郎支持議員ら中心として、新保守主義を旗印に二回会議を開いた。現在、約60名の議員が名を連ねていると言われるが、今のところ、日本の政局に大きなインパクト与えるものにはなっていない。中国側としては、今回の福田訪中を契機に、日本のハト派勢力が一層強くなるよう配慮する必要があろう。
三 福田首相の新外交路線
福田首相は就任早々「戦後レジュームからの脱却」と「価値観外交」の放棄及び靖国神社不参拝を宣言した。そして、朝鮮問題についても、「対話と圧力」については、対話を重視する姿勢を示した。更に、安倍前首相の「主張する外交」から「平和を生み出す外交」に転換すると述べている。また経済成長については、中国を含むアジアとの協力強化を通じて日本経済の底上げを図るとし、今後10年の伸び率を2%強と設定した。そして、2018年に「アジア経済・環境共同体」を実現する構想を打ち出した。省エネ、環境保護、知的財産権の保護などのノウハウをアジア諸国に提供し、日本のリーダーシップを発揮するというものである。構想のアウトラインはすでに発表されたが、その肉付けは来春まで待つことになっている。このような新外交路線に基づけば、今後、ASEAN10+3の東アジア首脳会議において、日中両国は抗争ではなく、協調態勢を作ることに努めることは間違いない。11人からなる「実務的ブレーン集団」が形成されたが、その顔ぶれをみても、新外交路線はハト派的色彩が濃く、日中関係を今までになく重視したものとなろう。中国側は福田首相の打ち出した新外交路線をしっかり読み取り、チャンスを逃さないよう留意すべきだ。
四 福田新外交路線の歴史的位置付け
福田首相がこの三ヶ月間に示した外交路線を、戦後の日本外交史の中でどう位置づけたらよいであろうか。吉田茂外交は経済中心、軽武装、国際協調(米国中心)で、それを大平派(池田勇人の流れ)、田中派が継承し、国際情勢の変化に応じて国際協調の幅を中国にも広め、ハト派的外交を推進した。それに対し、岸信介外交の流れは、日米安保を基礎としつつもナショナリズムを強調し、イデオロギー的であった。即ちタカ派的色彩の濃いものであった。1996年橋本内閣の時、「日米安全保障共同宣言」が発表され、二国間からグローバルへと拡大した。小泉首相はそれを土台にして、米国ブッシュ政権第一期のタカ派政策に歩調を合わせた。安倍前首相は、「戦後レジュームからの脱却」「価値観外交の推進」を提起し、タカ派的色彩を更に強めていった。この二つの流れの中で、タカ派と見られていた福田赳夫前首相は、1977年、東南アジアに対する福田ドクトリン三原則(軍事大国にならない、心と心の触れ合う信頼関係構築、経済支援による繁栄に貢献)を提起した。そして、1978年、日中平和友好条約の締結に踏み切った。タカ派的色合いからハト派的色合いへの移行である。新福田外交路線は田中・大平外交の継承と発展であると同時に、福田ドクトリンの継承と発展でもある。中国当局はこのような歴史的位置づけを踏まえて、戦略的視点に立って、今回の福田訪中に対応する必要がある。
五 福田首相訪中への対応
先ず、福田首相の並々ならぬ決心を重く見るべきである。年末の合間に、三泊四日の日程で訪中することは、尋常ではない。しかも、日中国交正常化35周年と日中平和友好条約締結30周年の節目の時に訪中することは、格別の意義あることである。これは福田首相が、1980年代の蜜月時期、ここ10年のギクシャクした時期、昨年10月安倍前首相によって切り開かれた新段階を勘案し、日中関係を大いに発展させようという一大決心をしたことを高く評価すべきである。
第二に、着眼点を日本国民の心情に置くべきである。福田政権の支持率は低下気味で、「何時倒れるかもしれない政権」という懸念を持つ向きがあるかもしれないが、日中両国の為政者は「日中両国国民感情の改善に力点を置く」ことが重要である。日中両国それぞれの流れは、日中関係強化に大きく変化しつつある。福田政権が仮に短命で終わったとしても、次の政権がこの流れを変えることは殆ど不可能に近い。ましてや、福田政権は当面、暫時的安定状態にある。大いに信頼を寄せ、歴史的会談に持っていくべきである。
第三に、福田首相の政治的境遇への配慮も欠かせない。福田政権はたいへん困難の状況下で政権を受け継いだ。現在、国内問題で足を引っ張られ、国民世論の支持率は低下気味である。そのため、言行が制約されるという側面を持っている。例えば台湾問題で、台湾当局の「国連加入を目指す住民投票」に福田首相がよりはっきりした態度を表明することが求められるが、日本の国内事情から見て「そっとしておいた方がよい」という意見も根強くある。大局的見地に立って、福田首相の最後的判断を尊重する姿勢が求められる。
2007年12月25日

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