福田首相は12月28日、北京大学で「共に未来をつくろう」というテーマで講演を行った。それは1979年12月に故大平首相が行った演説を想いおこさせる。今回の演説は、30年前に大平首相が語った内容を、この30年間の変化に合わせて、より発展させたものであると位置づけられる。大平演説によってもたらされた1980年代の日中蜜月時代が、今、福田首相演説によって再現されようとしている。
福田首相が日中間の「創造的パートナー」の構築を提起し、戦略的互恵関係の重要な目標の一つに位置づけた。「歴史上、日中両国が共に、今ほどアジアや世界の安定と発展に貢献できる力を持ったことはない」「日中両国は、アジア、世界のよき未来を築き上げていく創造的パートナーたるべし」。(「朝日新聞」12月29日)この言葉は、大平首相の「80年代ばかりでなく、21世紀に向けて、あらゆる面で両国間の良好且つ安定的な関係を発展させ」「日中関係がアジアと世界の平和と安定に貢献する関係に発展させるべきである」という言葉の延長線上にある。
また大平首相は日中関係の今日を予測していた。30年前、大平首相は「21世紀に向かうこれからの時代において、非常に多くの嵐と大波に襲われるであろう。日中両国間には、この嵐と大波の中にあって、両国の意思が異なり、利害関係が異なる局面が現れるかもしれない。しかし、もしわれわれ双方が両国間の2000年にわたる友好往来と文化交流の歴史を顧み、われわれが今日抱いている相互信頼にて引き続き努力するという心を失わないならば、われわれの子孫は必ずや世界に向けて、長期的な両国の平和友好関係を誇りに思うであろう」と述べた。ここ十年、日中関係は正に「多くの嵐と大波」を経験した。しかし、友好往来の流れを変えることはできない。福田首相は「日中の歴史を俯瞰する時、長い、実りの多い豊かな交流があったことを忘れてはならない」とし、逆流を順流に変える大きな戦略的決断を下したのである。
では「継承と発展」の発展はどこにあるのであろうか。それは中国の成長と国際的影響力の拡大、日本の相対的優位性維持、10年間の政治的摩擦などを背景としている。次のいくつかの点を指摘したい。
先ず台湾問題を含む戦争認識問題にけりをつけた。21世紀の日本の発展は中国抜きには考えられない、良好な日中関係維持および戦後日本の誇るべき平和立国の道を世界にアピールするには戦争認識問題の解決が不可欠、という認識の下に、コメント2に述べた如く、福田首相は大きな決断を下した。大平首相の時には、まだ歴史認識問題と台湾問題はそれほど先鋭化しておらず、曖昧な妥協が許された。未来志向の友好関係を発展させることによって、歴史問題は自然に解消し得ると期待したのだが、結局それはならず、「嵐と大波」に見舞われざるを得なかった。今や、曖昧な態度は許されなくなったのである。
次に、日中政治摩擦の心理的根源を指摘した。日中両国は隣国でありながら、相手の真の姿を客観的に捉えていない面がある。その深層原因としては、日中双方にある心理的ナショナリズムが災いしている。「極めて短期間に大きな発展を遂げた中国、巨大な存在として出現した隣人に対して、日本側では、どのようにお付き合いすべきか心の準備ができていない面がある。中国側でも、日本の国際社会でより大きな政治的役割を求めていることに、複雑な感情があるように見受けられる。」福田首相のこの言葉は、実に的を射たものである。日中両国の首脳及び有識者が、これをよくわきまえて相対するならば、お互いの誤解と不信は大幅に減っていくであろう。
第三に、経済的「片務協力」から互恵協力への移行を指摘。大平首相のときはどちらかというと中国が日本に頼る面が強く、ODAの供与など「片務協力」であったといえる。もちろん、経済は相互的なものであり、ODAの提供によって日本も多くのメリットを得た。しかし、中国の受けた恩恵の方がずっと大きいことは否定できない。ところが中国の成長によって、今は日本の中国への依頼面が顕著となってきて、「双務協力」時代に入った。より具体的には、量の面では日本が中国に頼る、質の面では中国が日本に頼るという関係が生まれつつある。このような変化に基づき、福田首相は戦略的互恵関係の第一の柱として「互恵協力」を挙げ、「協力の重点を改革開放(注:実際には経済成長)への支援から和諧社会の実現に移す」と語った。
第四に、地域や国際社会における諸課題解決のために協力することを提起した。福田首相の演説は、戦略的互恵関係構築の第二の柱として「国際貢献」を挙げ、「アジアと世界の安定・発展のために協力すべきだと」と語った。そしてその協力分野として、国際的反テロ闘争、気候温暖化問題、朝鮮半島問題、国連の改革問題、アフリカへの共同援助などを挙げた。とりわけ、近いうちに横浜で開かれる第四回アフリカ開発会議に中国も参加して、共にアフリカの貧困問題を解決しようと呼びかけたことは注目に値する。
第五に、好循環にもっていくための三つの交流を提起した。福田首相は戦略的互恵関係の第三の柱として、相互理解と相互信頼を挙げた。それは過去の清算と同時に、未来への積極的取り組みが必要だ。そのために、福田首相は「三つの交流、1」青少年交流、2)知的交流、3)安全保障分野での交流――を強化していくことが、対話・理解・信頼の好循環を生み出す最善策である」と語った。この提案が中国側に受け入れられ、来年を「青少年友好交流年」にすることが決まった。福田首相が訪中する直前に、日本華人教授会議代表と会ったのは、「知的交流」重視の現れである。来年3月には、半官半民の安全保障問題を話し合う場が設定されると聞く。好循環はすでに勢いよく動き出している。
最後に伝統的価値観と民主主義価値観の両立を提唱した。福田首相は「日中は互いの文化や伝統を共有し、その中でよって立つ基礎を共有してきた」と語り、孔子の儒教は日本を含む東アジア諸国に大きな影響を及ぼしたとして、今回、曲阜を訪問先に選んだ。これは価値観外交に相対するものであり、当然、中国当局と有識者の大歓迎を受けた。同時に、福田首相は「人権、法治、民主主義といった普遍的価値を共に追求することも重要だ」とも語っている。ここにも、福田首相の「日米同盟とアジア外交の共鳴」外交の一端を見ることができる。但し「共に追求する」とし、中国側の立場と実情を十分に配慮している。
福田首相の演説は、中国の国民に直接訴えるものとして、上出来であった。成功の原因として、中国の専門家は次の四つを挙げている。一つは歴史認識問題での反省的態度、二つ目は日中関係発展への積極的主張、三つ目は中国文化への近親的態度、四つ目は稀に見るユーモアである。日本では「中国べったり」、「朝貢外交」の非難をする者も出てこよう。しかし、ソフトパワー時代の外交要諦は、如何にして相手の国民の心を掴むかである。福田首相の訪中は大成功であったといえる。但し、それが立証されるのは、来年春、胡錦濤主席が福田首相のお土産に見合うお土産を持ってきた時であろう。(2007年12月31日)

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