8月29日から9月5日にかけて、「大陸と台湾に進出した新幹線技術視察訪中団」に参加して、日本の新幹線技術を取り入れた青島―済南間及び台北―高雄間の高速鉄道を試乗した。
当センター会長野沢太三を団長として中国大陸、香港、台湾を回ったわけだが、当センターとして、台湾に訪問団を派遣するのは初めてである。同時に、大陸を訪問し、そのまま香港経由で台湾に入るのも、多分、初めてであろう。そこには鉄道技術の交流を通して、両岸関係の改善を促そうという会長の思惑がある。
エッセイの最近のブログ記事
11月18日、遅すぎる福井の紅葉を眺望しようと九頭竜湖に向けて車を走らせてもらった。国道158号線を進んで仏原ダムを通過すると、「仏御前の滝」の看板が目に入る。「整備された遊歩道を約10分も歩けば滝が見える」と書かれているので、ちょっとした運動にもなると思い歩くことにした。が、実際には、高さ100メートルもある階段を登らなければならなかった。途中、二回ほど留まって息遣いを整え、20分くらいかけて滝の前の観光スポットに辿り着いた。
教壇を去って以来、私は二ヶ月に一回の割合で中国へ飛んでいる。その都度北京の自宅に10日乃至半月ほど宿泊するのだが、毎回忙しいので、社区の居民委員会とは殆ど接触なしだ。だが、最近社区が活発な活動をしていると耳にしていたので、清掃のアルバイトでも頼もうと思い居民委員会を尋ねた。そこでは、張(桂峰)姓を名乗る副主任が、「貴方が凌星光さんですか、私があなたのマンションの担当ですので、何でも相談に乗ります」と満面に笑みを浮かべて応対してくれた。
福井に立て篭もって回想録を書くか、日中の架け橋として最後の挑戦に臨むか。2002年の秋、満70歳の定年を間近に控えて選択を迫られた。病院でCT検査の結果、脳の方は80歳まで大丈夫のお墨付きを得て、家内の反対を押し切って後者を選んだ。
本年の春節を、わざわざ北京で過ごしてきた。理由の一つは、12年ぶりに許可が下りた北京の爆竹光景を見ることであった。一昔前、北京での春節には爆竹がつきものであった。例年旧暦大晦日の零時寸前になると一斉に爆竹が鳴り初め、全北京市が熱を帯びて沸き立つ。その轟音に耐えられないという人もいる本年の春節を、わざわざ北京で過ごしてきた。理由の一つは、12年ぶりに許可が下りた北京の爆竹光景を見ることであった。
